作者: 特許部日本語チーム (专利部日语组)

前回に続き、中国知識産権局専利復審委員会による2015年の復審無効十大判例の審決の概要と解説を行う。

6、「立体表示方法及び追跡式立体表示装置」に関する特許無効審判事件

特許番号:ZL201010229920.2(CN101909219B)

参考用ファミリー特許:なし

特許権者:深せん超多維光電子有限公司

無効審判請求人:深せん市鈦客科技有限公司

審決結果:一部無効

判例の概要と意義:

本特許は観測者の位置情報に基づき、立体画像の表示内容を調整する立体表示装置に関するものであり、審判で補正後の請求項1が、引例と本分野の公知常識の組み合わせに対して進歩性を有するかどうかが争われた。

審判では、請求項1と引例1との相違点を(1)現在の左眼ビュー及び現在の右眼ビューを利用して立体画像を合成すること。(2)前記立体画像の表示内容の調整は、前記観察者と立体表示焦点との間の連結線(連結線1)の、前記観察者と前記一つ前の左眼ビュー及び前記一つ前の右眼ビューが立体に現す一つ前の物体の中心との間の連結線(連結線2)に対する偏向方向に基づいて、前記現在の左眼ビュー及び前記現在の右眼ビューを生成することで、前記現在の左眼ビュー及び前記現在の右眼ビューが立体に現す現在の物体が、前記一つ前の物体に対し、前記立体表示焦点を中心に回転して偏向させること(2つの連結線から得た偏向方向を使って、一つ前の物体(の画像)を回転させて現在の物体(の画像)を求める)、を含む。

と認定した(注:理解を容易にするため、筆者により適宜括弧書きで説明を加えた)。

請求人は、a)引例(「観察者位置」「観察者視点」、「ディスプレイ中心点」、「観察者に近い物体が大きな運動視差を有する」、及び「観察者が右に移動すると場景は左に移動する」などが記載されている)とb)立体視覚理論の分析から、相違点(2)を容易に想到できると主張した。

しかし、合議体は、上記a)の引例には相違点(2)の開示及び技術的な示唆がないとした上で、請求人の上記b)の分析と推論が、引例全体の技術案及び解決しようとする技術課題から乖離し、独立に開示された技術的特徴を分析し、さらに開示されていないものを引例に引き入れたと判断した。

合議体はさらに、引例の客観的な認定についての基準を以下のように示した。

引例が開示する事実の客観的な認定は、進歩性判断の鍵となるもので、客観的でかつ正確に、引例が開示する事実及び技術的な示唆の有無を認定してはじめて本特許が進歩性を有するかどうか正しい結論を得ることができる。引例の客観的な認定は、引例自身の発明の目的、その発明が解決しようとする技術課題、採用する技術案、などを客観視し、その全体を考慮すべきであって、本特許の技術案の理解をもった上で引例を解釈すべきでない。さらに、引例における技術的な示唆の有無を判断するときも、従来技術から出発するという原則に従うべきであって、引例の中に本特許の内容を引き入れて分析、推断して、引例が客観的に開示する事実について当業者が認識する範囲を超えて、それにより誤った結論を出してしまうべきでない。

筆者は、上記1.の審決の内容とも重なるが、進歩性の判断いおいても、引例中の明細書から確定できる範囲を超えるような推論は、明細書から乖離したものとして認められないことが示されたと考える。

7、「可変速型に改善した流体継手電動給水ポンプ」に関する実用新案無効審判事件

実用新案番号:ZL201320342548.5(CN203335769U)

参考用ファミリー実用新案:なし

実用新案権者:広州智光節能有限公司、瀋陽水ポンプポンプ製品販売有限公司

無効審判請求人:北京合康億盛変頻科技股份有限公司

審決結果:全部無効

判例の概要と意義:

本案の実用新案無効審判では、請求人、実用新案権者の双方が公知常識を証明する証拠を提出し、その中で、実用新案権者は自らが提出した証拠(反証)の中に、「反対の教示」(組み合わせを阻害するような教示)、「技術的偏見」(ある種の構成要件しか採用しないと思わせる記載)があると主張した。

本案は他の判例と異なり、審決書の中に事件と独立して一般的な規範を示した記載がないため、公式な見解と思われる国家知識産権局HPの2015年度専利復審無効十大案件の紹介記事(http://www.sipo.gov.cn/ztzl/ndcs/qgzscqxcz/dxal/201604 /t20160427_1265735.html)における「決定の要旨」を紹介するとともに、具体的な事件でどのように判断されたかを紹介する。

(決定の要旨)公知常識の認定は、当業者の知識と能力に基づき、3つの分析と判断でなされるべきである。まず、(1)公知常識の技術手段そのものが当業者に広く知られているかどうか、が認定され、次に、(2)公知常識の技術手段を解決しようとする特定の技術課題に用いること、又はそれにより得られる特定の作用効果が、当業者に広く知られているかどうか、が認定され、最後に、(3)公知常識を技術手段に引き入れることが、当業者にとって自明かどうか、が認定される。以上の(1)~(3)の条件を満たしてはじめて、該技術手段が公知常識であると認定される。

従来技術の技術情報の理解について、その技術情報が「反対の技術的教示」を構築するかどうかの判断は、その技術案の全体の環境に基づいて理解をすべきであって、当該技術案から離れて技術案のある一つの技術特徴又は技術手段に対して単独で考察すべきでない。従来技術が既にある技術に対して改善をする場合、「ある方面の利点から検討をして、その分野のよく知られた技術手段の中から一つを選択する」ことは、必ずしも「その分野におけるその他の方面で利点のある公知技術手段を採用する」ことを排除するものではなく、また、反対の技術的な教示を与えるものでもない。

具体的な事件では、流体カップリングをギヤカップリングに変える構成とした(注:簡略化すると、流体部品を固体部品に変える構成とした)実用新案において、実用新案権者は、(1)公知常識を示す反証の中の「流体継手を増速ギヤケースに変える必要がない」との記載(注:簡略化すると、流体部品を固体部品に変える必要がないという記載)から、係る構成への変更には「反対の教示」があると主張し、また、(2)公知常識を示す反証の中で、給水ポンプ分野では通常流体カップリングを伝動に用いている(注:簡略化すると、発明の分野では、通常流体部品が用いられている)事実から、従来技術の中に流体カップリング(流体部品)を使う「技術的偏見」があると主張した。

合議体は、反証2~7は、証拠2の技術案と公知常識を組み合わせて請求項1の進歩性を議論する可能性及び合理性に影響を与えたり、否定したりすることはできない、また、証拠2は、できるだけ改造範囲を小さくする方式を選択しているのであって、その他の改造方式を排除するものでなく、従来技術にあるものを排除することを当業者に誤解させることもないので、「技術的偏見」や「反対の技術的教示」は存在しない、と判断した。

筆者は、証拠の記載方法にもよると思われるが、公知常識を示す証拠の記載の一部をもって、技術分野全体における「教示」や「偏見」があるとする権利者のロジックには違和感があり、合議体は妥当な結論及び詳細な判断を示したと考える。