執筆者 楊宏軍 牛蔚然 知识产权部 金杜律师事务所
中国の法制度は、英米法系の判例法と違う大陸法系に属し、成文法を中心としている。特許権取得手続きにおいて、原則として《特許法》、《特許法実施細則》、《特許審査指南》のみが法的効力を有している。しかし、実務において、同一の法律条文につき、審査官によってそれぞれの理解が異なる場合もあり、判断が主観に大きく左右される問題については、過去の審査慣行を踏襲する傾向がある。また、実務上、先行事例(拒絶査定不服審判審決、無効審判審決、裁判所の判決など)を適切に運用することは、特許権の取得にある程度効果があると考える。
他方、出願人が先行事例を引用することについて、関係ない事案をもって審査官にプレッシャーをかけようとしているのではないかと思って、それを毛嫌いする審査官もいる。そのため、先行事例を引用することは、全ての審査官の心証を良くするとは限らず、時にはマイナスの影響をもたらすこともあるので、全体的な状況を総合的に考慮して柔軟な対応を取る必要がある。
ここで、どのタイミングでどのように先行事例を引用するかについて、長年にわたり実務において積み重ねてきた経験を皆様に紹介したい。
一、指導性判例の運用
最高人民法院は、法律適用基準の統一化を促進するため、近年、知的財産権関連案件を含む指導性判例の公表に取り組んでいる。また、2019年、国家知識産権局特許復審委員会(現在の復審・無効部)は、《以案説法-特許復審、無効典型判例指引(案件を以て法律条文を解説-特許拒絶査定不服審判、無効審判典型的な判例紹介)》を出版し、その中に、法律条文ごとにその理解と運用について、具体的な判例に基づいて解説をしている。
実体審査手続きにおいて、審査官の判断がこれらの指導性判例と異なる場合には、この本に掲載される判例を直接に引用することが非常に効果的であると考えられる。
例えば、複数の成分の特定の組み合わせに関する組成物発明の場合について、実務において、これらの成分自体がばらばらにして記載されている引用文献に基づいて、本発明の特定の組み合わせが先行技術により開示されたと認定し、本発明の新規性や進歩性を否定した審査官も少なくない。
このような認定について、《特許審査指南》の規定のみに基づいて反論することにより、審査官を説得できない場合もある。一方、上記《以案説法》には、それぞれ複数の成分を含む組成物および特定の構造を有する化合物に関する2つの典型的な判例が掲載されている。この2つの判例において、複数の成分または官能基について開示された複数の選択肢から、さらに選択を行うことで寄せ集めた技術案は1つの先行技術案に該当しないと判定された。拒絶理由に応答する際に、指導性判例としてこの2つの判例を引用することは、審査官の誤判を是正するのに役立つと思う。
二、少数派判例の運用
指導性判例を引用することは効果的であるが、実務において出願人がよく悩んでいるのは、過去の審査慣行が自分に不利な場合どのようにして特許権を取得するかということである。既知製品の新規な治療用途に関する発明を例にすると、「酵素Xの発現を阻害する薬物の製造における化合物Aの使用」というような請求項について、以下のような審査意見が出されるのが一般的である。
「先行技術には、化合物Aが癌Yの治療に用いられることが開示されており、また、従来技術には、癌Yは酵素Xの発現を抑制することによって治療できる疾患の一つであることは知られている。したがって、請求項の技術案は先行技術と実質的に同じであるので、新規性を有しない。」
つまり、審査官は、「化合物」と「疾患の種類」との関係を新規性有無の判断基準としており、本発明が新たな治療メカニズムを解明したものか否かを無視している。実務において、このような審査意見に固執する審査官はかなり多く、この見解は多くの判決でも支持されている。また、このような指摘について、補正により解消することも困難である。一方、審査基準の把握が比較的緩く、「化合物」と「疾患の種類」との関係の代わりに、「化合物」と「治療のメカニズム」との関係に基づいて新規性、進歩性を判断する審査官や審判官もいるので、数が少ないですが、このような観点を記載した審決もある。実体審査において、このような観点を記載した審決を応答理由とともに提出することで、成功的に審査官を説得したケースもある。つまり、少数派判例であっても、審査官に固有の見解を揺るがすことで、出願人に有利な判断をもたらす可能性もある。
なお、特許復審・無効部のウェーブサイトで、法律条文およびキーワードで過去の審決を検索することができる。原則として、より最近の事例が審査・審判の動向を反映するものと考えられる。
三、事例を引用するタイミング
上述したように、一部の審査官に、出願人の事例引用に対して抵抗があるため、先行事例を軽率で過度に引用することは、マイナスの影響をもたらす場合もあるので注意が必要である。
我々の実務経験によれば、先行事例を引用することは、「法律条文の理解が多義的であり、誤解が生じやすく、審査官がめったに触れない」状況に効果的であるが、「判断が主観に大きく左右され、かつ、よく見られる」問題に対して効果が相対的に小さい。
前者の例として、《特許審査指南》では、生きている動物体に創傷をもたらす非治療目的の外科手術方法は実用性を有しないと規定されている。しかし、動物モデルの製造方法または生体サンプル分析方法には、採血や注射などのステップが含まれることがよくある。実用性欠如の拒絶理由はめったにないが、審査官は関連規定をよく理解していないこともある。例えば、《特許審査指南》の関係規定の文面のみから、方法請求項は創傷をもたらす可能性があるステップを含む限り、実用性を有しない、と理解されることがよくある。このような審査意見に対し、条項自体に基づいて反論することは困難である。一方、特許復審・無効部は、「簡単な通常の注射、採血技術には、個人差が小さく、特別な専門的スキルを必要としないため、産業上利用することができる」と認定した審決を複数出した。前記の実用性欠如の拒絶理由は、これらの審決の提出により解消しやすいと思う。
一方、「判断が主観に大きく左右され、かつ、よく見られる」問題について、先行事例の引用はあまり有効ではないと考える。例えば、進歩性の判断、特に技術的示唆/動機付け有無の判断は、審査官にとってほぼ毎日触れる問題であり、早くから自分の判断基準が構築されている。さらに、案件自体の事情、先行技術の事情もそれぞれ異なるため、審査官や合議体は他の案件の事例で説得されることは期待し難い。このような場合、先行事例の提出は、効果がないどころか、マイナス影響をもたらす可能性があるため、慎重に扱う必要がある。
四、実体審査の結果も活用できる
一般論として、高位審の判断を引用した方が効果的である。例えば、実体審査段階において審決(復審・無効部より出されたもの)を引用することは有用であるが、逆に、復審段階において別案件の実体審査の結果を引用する場合、復審・無効部の合議体に考慮される可能性が高くないであろう。
しかし、場合によって、複数の案件の実体審査の結果を引用することによって「審査慣行」を構築することができれば、実体審査段階と復審段階のいずれにおいても役立てると思う。
例えば、酵素を変異させることにより酵素の性能を向上させる発明について、同一の発明思想に基づく複数の発明は、複数の変異部位にかかわる場合がある。この場合、各酵素変異体間の共通の要件は既知の酵素自体であるので、これらの変異体の間に単一性を有しないという旨の拒絶理由はよく見られる。
「単一性欠如」は拒絶理由に属しているが、無効理由となり得ない。実質的に、審査官は、一つの出願がもたらす業務負担が合理的な範囲を超えていると考えるだけである。一方、各変異体およびその様々な組み合わせをそれぞれ独立した出願として提出することを要求すると、経済的な観点から出願人に過度の負担を強いることになる。単一性欠如と指摘された類似案件について、判例調査を行うことにより「複数の変異部位にかかわる発明の場合、分割出願なしで権利化した」という事例を複数見つかった場合、複数の事例を提出することは、「複数の変異部位にかかわる発明は同一の発明思想に属することは、従来からの審査慣行」という主張を裏付けることができる。実際に、復審段階においても、合議体が長年の実体審査の審査慣行と一致するように注意を払っている。したがって、単一の案件の実体審査の結果は復審・無効部の合議体に取り入れられ難いが、複数の登録特許を引用して「審査慣行」を構築する手法を審判手続きに活用することは有利な効果をもたらす可能性がある。
要するに、先行事例の効果を確実に発揮させるために、焦点事例の動向や結果を常に把握するだけではなく、案件全体の状況を踏まえて対応策を検討する必要がある。
以上