著者:楊宏軍 牛蔚然

今年の世界知的所有権の日(4月26日)に、国家知識産権局は2019年度特許復審・無効10大審判事件を公示した。このうち、3件は化学・医薬品分野の発明に関するものであり、その中の2件の特許権者は日本企業である。これらの事件は、社会的影響が大きく、焦点となる問題が典型的であることから、10大事件として抽出されており、これらの具体的な事件における国家知的財産権局復審・無効審理部の判断は、将来の実体審査及び審判に対して大きな影響を与えるものと考えられる。とりわけ、類似の事件においてそれを援用・活用することもできると思われる。

ここでは、化学・医薬品分野の発明特許無効審判事件3件の経緯及び焦点問題を紹介する。

一、「発光装置及び表示装置」無効審判事件(無効審決第33344号)

特許権者:                   A

無効請求人:                B

特許番号:                      ZL97196762.8

日本ファミリー特許:        第4530094号特許

決定:                             維持有効

本特許はA社の白色LEDに関する中核特許パテントファミリーに属し、当該パテントファミリーには日本、米国、欧州、中国、韓国での数十件の特許・特許出願が含まれており、世界中で多くの訴訟を起されており、対応日本特許第4530094号は何度も無効審判を請求されたことがある。

本件中国特許について以前に1回無効審判を請求されたことがあり(無効審決第19300号)、減縮の補正を行った上、権利維持されている。二回目の無効審判では、進歩性の判断基準が主な争点となり、無効請求人と特権者とはいずれもパテントファミリーをめぐる複数の無効審決や判決を含む大量の証拠を提出した。例えば、無効請求人より、パテントファミリーにおける対応米国特許(US7531960B)の判決および対応台湾特許の審決が提示されており、特許権者より、対応欧州特許(EP0936682B)の判決が提示されている。これは、かかる特許の有効性を維持すべきかどうかについての判断が各国で異なることをも示している。中国は二回の無効審判において当該特許の中核技術の有効性を維持するとした。

今回の無効審判の対象となる請求項1は以下のとおりである。

【請求項1】

発光層が半導体である発光素子と、該発光素子によって発光された光の一部を吸収して、吸収した光の波長と異なる波長を有する光を発光するフォトルミネセンス蛍光体とを備えた発光装置において、

前記発光素子の発光層が窒化ガリウム系半導体を含むLEDチップであり、

前記フォトルミネセンス蛍光体が、Y、GDからなる群から選ばれた少なくとも1つの元素と、Al、Gaからなる群から選ばれる少なくとも1つの元素とを含んでなるセリウムで付活されたイットリウム・アルミニウム・ガーネット系蛍光体であって、

前記発光素子の発光スペクトルの主ピークが400 nmから530 nmの範囲内にあり、かつ前記フォトルミネッセンス蛍光体の主発光波長が前記発光素子の主ピークより長くなることを特徴とする発光装置。

本特許の発明のポイントは、「青色光発光素子」と「特定のフォトルミネセンス蛍光体」とを組み合わせて白色光発光装置を得ることにある。請求項1に限定された青色光発光素子とフォトルミネセンス蛍光体自体はいずれも先行技術において開示されている。

本特許の明細書には、混色により白色系の光が発光可能な発光ダイオードを作製することができるが、従来の発光ダイオードは、蛍光体の劣化によって色調がずれたり、あるいは蛍光体が黒ずみ光の外部取り出し効率が低下する場合があるという問題点があった、と記載されている。本特許の特定の組み合わせは、優れた耐候性を提供することができ、それによって安定して動作することが可能な白色光発光装置を提供することが可能である。

無効請求人より提出された複数の現有技術文献は、下記の2つの群に分けることができる。第1群の文献には、青色光発光素子自体が開示され、また、青色光発光素子と発光波長がそれよりも長いフォトルミネセンス蛍光体とを組み合わせて白色光発光装置を形成できることも開示されている。第2の群の文献には、本特許請求項1に記載の特定のフォトルミネセンス蛍光発光体が開示されており、この蛍光体は青色光の波長範囲の光を吸収し、それよりも長い波長の光を放出することができるという内容が記載されている。

無効請求人の主張は以下の通りである。

「第1群の文献には、青色LEDと組み合わせて使用する蛍光体に経時劣化の問題があると記載されており、第2群の文献には、本発明に係わるイットリウム・アルミニウム・ガーネット系蛍光体が、様々な光源や表示条件下で動作可能であり、良好な耐候性を有すると開示されているため、当業者は、『安定して動作することが可能な白色光発光装置を提供する』という技術的課題に直面するとき、第2群の文献に開示された特定のフォトルミネセンス蛍光体と、第1群の文献に開示された青色光発光素子とを組み合わせる動機付けがある。」

合議組は、以下の認定で、無効請求人の主張を支持しなかった。

「発光素子として青色LEDを使用し、蛍光体と組み合わせて白色系光を発光させる場合、チップは非常に過酷な環境(太陽光よりも強い光)にさらされる。第2群の文献には、「イットリウム・アルミニウム・ガーネット系蛍光体が、様々な光源や表示条件下で動作可能である」と記載されているが、これらの文献を細かく検討すれば、その発光環境は、青色LEDが動作する過酷な環境とは比べ物にならないことがわかる。したがって、当業者が第2群の文献から得られる教示は、耐候性に関する一般的な教示に過ぎず、本特許の特定の技術的課題に関連する特定の教示ではない。本発明で使用される蛍光体はそれ自体が広く知られているものといっても、先行技術には既知の有機蛍光体や無機蛍光体は数多く存在し、青色LEDに近い環境においていったいどの種の蛍光体を選択すべきかは、やはり創造的な労働が必要である。」

合議組の認定は、「技術的課題」を正確に把握してなされたものであり、「発明で実際に解決する技術的課題は、相違点となる構成要件が本発明において達成できる技術的効果に基づいて確定すべきである」という2019年改訂審査指南で強調されている判断原則に合致する。実体審査において、「本発明で解決する特定の技術的課題」をより一般的な技術的課題に昇格させることで、本発明の進歩性を過小評価した審査官が少なくないが、このような状況を是正するために、本事件における合議組の認定は活用されることが期待される。

二、「ジペプチジルペプチダーゼ阻害剤」無効審判事件(無効審決第38950、38951、38952号)

特許権者:                   C

無効請求人:                D

特許番号:                      ZL200680042417.8、ZL201210332271.8、ZL201210399309.3              (以下、それぞれ「417特許」、「271特許」、「309特許」という)

ファミリー日本特許:        第5190366号特許

決定:                             それぞれ維持有効、部分無効、全部無効とされている

この一連の特許はアログリプチンなどのDPP-4阻害剤に関するものである。10大事件に収められたのは、417特許に対する無効審決第38950号のみであるが、実際に、無効請求人は上記417特許の2つの分割出願(271特許と309特許)に対しても、無効審判を請求していた。上記3件の特許に対する無効請求人の新規性欠如に関する無効理由は論理が同じであるが、この3件の特許のそれぞれについて同一の合議組が下した決定は全く異なる。本事例は、発明のポイントが投与量にある医薬品発明の書き方について、非常に有益なガイダンスを提供した。

3つの審決の対象となる請求項1はそれぞれ以下のとおりである。

特許 請求項1 決定

417特許

(親出願)

単一剤形に製剤された医薬組成物であって、

当該単一剤形が5 mg~250 mgの化合物Iを含有し、化合物Iは、薬学的に許容し得る塩または遊離の塩基として存在する、医薬組成物。

有効

271特許

(分割出願1)

化合物Iと薬学的に許容し得る担体を含有する医薬組成物であって、

化合物Iは、薬学的に許容し得る塩または遊離の塩基として存在し、5 mg~250 mgの1日用量で投与される、医薬組成物。

部分無効

(請求項1は無効された)

309特許

(分割出願2)

化合物Iの、それを5 mg~250 mgの1日用量で経口投与することで2型糖尿病を治療する医薬組成物の製造における応用であって、

化合物Iは、薬学的に許容し得る塩または遊離の塩基として存在する、応用。

全部無効

3件の特許の出願日はいずれも2006年9月13日であり、2005年9月14日を優先日として請求している。

無効請求人より提出されたD1は出願日が2004年12月15日、公開日が2005年10月13日であり、つまり、D1は本特許の優先日と出願日の間の期間に開示されたものである。本特許が新規性を有しないことに関する無効請求人の論理付けは以下のとおりである。

D1には、「化合物I」、「その薬学的に許容し得る塩」、「化合物Iを含有する医薬組成物」、及び「経口投与してII型糖尿病の治療に用いる」ことが記載されており、また、製剤例として、「10 mg~100 mgの化合物Iを含有する経口投与製剤」が記載されている。すでにD1に記載された技術案は、D1の出願日(2004年12月15日)に初めて出願されたものである。D1は本特許の出願日(2006年9月13日)より1年以上早く出願されたものであるため、本特許中の、D1に記載されたことがある技術案は、優先権を享有することができなくなる。これらの技術案に対し、D1はその公開日(2005年10月13日)が本特許の出願日(2006年9月13日)より早いことによって、本特許に対する先行技術を構成し、本特許の新規性を喪失させるものとなる。

本事件の争点は、上記3件の特許において異なる形式で記載された請求項は優先権を享有できるかどうかにあり、つまり、D1には、上記3つの形式の請求項1の技術案が記載されているかどうかを判断する必要がる。

上表から明らかなように、417特許および271特許の請求項1はものの発明であり、両者の違いは、417特許では「単一剤形が5 mg~250 mgの化合物Iを含有する」という要件で限定されることに対して、271特許では「5 mg~250 mgの1日用量で投与される」という要件で限定されていることである。なお、309特許の請求項1はいわゆる「スイスタイプ」の請求項である。

上記3つの形式の請求項について、合議組はそれぞれ次のように判断した。

417特許について、「単一剤形」で規定される投与量は、一見して医薬品投与上の特徴のように見えるが、実際に、医薬品の最小単位(例えば、錠剤1錠)に含まれる有効成分の量を反映しており、実質的に製品の組成を限定するものであるので、417特許の請求項1に対して限定作用を有する。D1には「単一剤形が5 mg~250 mgの化合物Iを含有する」製品が記載されていないため、417特許の請求項1はD1に出願された発明に該当せず、優先権を享有することができる。このため、D1は417特許の請求項1の先行技術にならないため、417特許の請求項1の新規性を喪失させることはできない、と合議組は判断した。

271特許について、「1日用量」は単純な医薬品投与上の特徴であり、医薬品に含まれる有効成分の含有量を直接反映するものではないため、271特許の請求項1に対して限定作用を有しない。したがって、271特許の請求項1は、「化合物Iと薬学的に許容し得る担体を含有する医薬組成物であって、化合物Iは、薬学的に許容し得る塩または遊離の塩基として存在する、医薬組成物」と実質的に同等である。D1にはすでにこの技術案が記載されているので、271特許は優先権を享有することができず、これによって、D1に開示された製剤は、271特許の請求項1の新規性を喪失させるものになる、と合議組は判断した。

309特許について、スイスタイプ請求項の保護範囲は、医薬品製造業者および販売業者が、特定の構造および/または組成を有する新規疾患の治療のための医薬品を製造し、販売する過程に及ぶことができるが、医薬品投与過程には及ばない。309特許請求項1中の「5 mg~250 mgの1日用量」は、当該医薬品の製造過程に対して限定作用を有しない。したがって、309特許の請求項1は、「化合物Iの、2型糖尿病を治療する医薬組成物の製造における応用であって、化合物Iは、薬学的に許容し得る塩または遊離の塩基として存在する、応用」と実質的に同等である。271特許と類似の理由により、309特許は優先権を享有できないためD1に対して新規性を有しない、と合議組は判断した。

上記3件の特許について、実際に同一の発明ポイントに基づいたものであるが、書き方が異なることによって、無効審判で全く異なる決定が出されている。

上記一連の特許に関する事例は、医薬品投与量にかかわる発明の書き方について、非常に明確なガイダンスを与えている。疾患の治療方法は、中国で特許を付与できない主題に該当し、また、「用途要件で限定された製品請求項」について、通常、用途要件は製品の組成に影響を及ぼさないため、製品に対して限定作用を有しないと判断される。このため、既知医薬品の投与形式について、中国では309特許のようにスイスタイプ請求項の書き方を採るのが一般的である。このような形式の請求項は、新規適応症を見出した場合、求められる保護は効果的であるが、発明のポイントが投与量にある発明については、通常、投与量は医薬品投与上の特徴に該当し、医薬品の製造過程に対して限定作用を有しないと判断されるため、特許を受けることが困難である。417特許における合議組の認定に参酌して、このような発明については、むしろ「単一剤形の医薬組成物」に関する製品請求項とした方が、安定した特許権が付与される可能性が高くなる。

三、「ピロール置換2−インドリノン蛋白質キナーゼ阻害剤」無効審判事件(無効審決第42407号)

特許権者:                   E社 F社

無効請求人:                G社

特許番号:                      ZL01807269.0

ファミリー日本特許:        第3663382号特許

決定:                             維持有効

本特許は、「スニチニブ」の一般式で表される化合物に関する。本事件について、無効審判段階で認められる補正方式、補足実験データは受け入れられるかどうか、先行技術中の一般式で表される化合物に対する新規性や進歩性有無の判断など、多くの争点がある。

以下、請求項1を参照しながら上記の争点をそれぞれ説明する。

【請求項1】

式(I):

 

 

 

[式中

……

R6は、-C(OR10であり、

……

R10は-N(R11)(CH2)nR12であり、

……

R12は-NR13R14、ヒドロキシ、-C(O)R15、アリール及びヘテロアリールから選択され、

……。」

の化合物または薬学的に許容し得るその塩。

1、無効審判段階において認められる一般式の補正

無効審判段階において、特許権者はR12を「-NR13R14」に限定しようとしているが、この補正は合議組に認められなかった。一般式(I)は、R1~R7という7つの変量を含み、R6はR10を含み、R10はR11およびR12を含むことから、R12の選択は、実際に、複数の階層の変化につながっており、その選択肢の一部を削除することは、並列技術案の削除に該当しない、と合議組は判断した。

合議組のこの判断は非常に予想外である。マーカッシュ請求項について、同時に複数の変量を削除することができるか否かは、これまでずっと論争が続いている。第一三共VS北京萬生の事件において、任意の組み合わせ方式の削除が許可されるわけではないが、補正前の記載に対して新規性や進歩性を有する技術案を生み出さない補正(補正後の範囲は依然として実施例をカバーしている)であれば認められる可能性がある、と最高人民法院は判示した。

当所実務上の経験によれば、無効審判段階では、一般式の1つの変量のみに対してその一部の選択肢を削除することは、通常認められる。本件の無効審判において、合議組は補正前の広範囲に基づいて本特許の有効性を維持する審決を下したことにより、前記補正が認められなかったことは、特許権者に対して実質的な不利益をもたらすものではない。しかし、補正に関するあまりにも厳しい判断基準は、無効審判段階における一般式で表される化合物の請求項の補正可能性をほぼ完全に否定しており、これは、一般式で表される化合物の請求項の安定性に大きなリスクをもたらしている。これを考慮して、念のために、重要な化合物特許については、実体審査段階で可能な限り完璧な従属請求項群を作成することは重要である。

2、無効審判段階で補足実験データが受け入れられるかどうか

本件無効審判において、特許権者は、生化学実験のIC50値に参考価値がなく、それに基づいて効果比較を行うべきではないことを証明するために、欧州での審査において提示された追加実験データを反証として提出した。

この補足実験は、特許権者によって一方的に行われたものであり、無効請求人は、当該反証のデータの真実性を認めないと示していながら、本特許化合物の生化学的実験活性が先行技術化合物より劣っている観点をサポートするために、当該反証のデータを引用したこともある。

合議組は最終的に、この追加実験が特許権者によって一方的に行われたものであり、特権者はそれを裏付ける他の証拠を提出しておらず、証人も出廷して尋問を受けていないことに鑑みて、進歩性の判断において考慮されるべきではなく、いずれか一方の当事者の主張を証明するために使用することはできないと判断した。

合議組のこの判断は、追加実験データが受け入れられる可能性を完全に否定するものではない。しかし、審決の文言からみると、合議組は非常に慎重な態度を示していることが明らかである。無効審判段階では、自社で行った追加実験のデータのみを提出する場合、受け入れられる可能性は低いと考えられる。より信頼性の高い第三者機関で行われた実験データの提出、実験記録原本の提出、証人としての実験者の出廷などは、実験データが受け入れられる可能性を高めるのに役立つ。

3、先行技術に開示された一般式で表される化合物に対する新規性や進歩性有無の判断

本件無効審判事件では、新規性および進歩性有無の判断において、現有技術文献には、構造(2)と構造(3)を反応させて一般式(I)で表される化合物を合成できることが開示されており、また、4種類の構造(2)および3種類の構造(3)の製造例が記載されおり、その中の1種類の構造(2)と1種類の構造(3)を反応させる場合、本特許の一般式(I)の範囲内の化合物を得られるが、前記現有技術文献には、この想定していた反応で得られる化合物の構造が明示されていないことは、焦点となる問題である。

現有技術文献に開示された一般式で表される化合物について、それによって各置換基の任意の選択肢の任意の組み合わせが開示されたと一般的に考えられないが、組み合わせの可能性が非常に少ない場合は、各種の具体的な組み合わせが開示されたと認定することもできる、という観点もある。実際に、北京市高級人民法院が下した判決にも、このような観点を見られる。

本件無効審判事件において、4種類の構造(2)と3種類の構造(3)の製造例から考えられる組み合わせは12通りしかない。本事件の合議組は、12通りの組み合わせの可能性が限られた数のものと認定されるべき否かの討議を見過して、当該現有技術文献における「ピロール環は、少なくとも1つの極性基で置換された1つ又は複数の炭化水素鎖で置換されている(即ち、ピロール環は、炭化水素鎖を介して極性基と結合する)」という記載に基づいて、当該現有技術文献では、本発明のような「ピロール環に、アミド基という極性基に直接結合し、このアミド基を介して炭化水素鎖に結合する」化合物を合成する意図がない、と判断し、これによって先行技術には本特許の一般式(I)の範囲内に含まれる化合物が開示・示唆されていないと認定した。

合議組のこの判断は、「先行技術の教示に基づいて組み合わせによって得られる技術案の数が少ない場合は、各組み合わせによって得られる技術案がすでに具体的に開示されたと認定することができる」という観点を否定していない。よって、特許権者にとって、化合物発明の特許書類を作成するとき、自社の先願が後の選択発明の障害となるリスクを回避するように、上述の問題を考慮に入れるべきであると考える。