筆者:陳文平 馬慧 金杜法律事務所 知的財産権
6月1日に新たな「専利法」が施行され、医薬品特許に関わる「リンケージ」訴訟も、次々と人々の目に留まるようになってきている。国家知識産権局は行政機関として、特許権の保護範囲に入るかどうかを確認する行政裁決の請求(当事者により提起される)を受理することができる。国家知識産権局が行ってきた特許無効審判請求の審査機能と合わせて、医薬品特許の有効性の審査と、特許保護の範囲内であるかどうかの行政裁決の統合化は、新たな局面を迎えようとしている。このような大きな背景において、2020年国家知識産権局の事例トップ10での医薬品特許に対する決定は、業界にとってより実践的で有効な指針としての意義を有する。またこれにより、医薬品特許の有効性に対する専利局の評価や考え方について、理解を深めることができる。
2020年の事例トップ10では、医薬品に関するものが3件あり、それぞれ化合物特許、製剤特許及び用途特許に属する。これらの決定はいずれも、市販されている医薬品に関する。3事例の結果はいずれも、特許権の有効又は部分有効を維持するものであった。化合物特許では、進歩性に関する裁判ルールに関し、構造/効果の結合に対する考察が数年前から継続されており、また、従来技術を全体としてとして考慮するという評価や考え方がより明確になっている。製剤特許及び用途特許については、無効決定から考察すると、科学技術の進歩及び革新をさらに促進するという専利法の立法趣旨がより反映されており、発明の背景及び関連製品の市場状況を総合的に考慮した上で審理を行うという考え方が提唱されている。
化合物特許の進歩性—化合物の構造及び効果、並びに両者の関係に着目
リバーロキサバン錠は、B社とJ社が共同開発した経口抗凝固薬で、2008年9月15日にカナダ保健省より世界初の販売が承認された。リバーロキサバン錠は、2009年3月31日に中国で「拜瑞妥®」の商品名で発売された。
リバーロキサバン錠は2009年に販売が承認されてから直ちに医療保険リストに収載され、下肢関節置換術後の治療に適用された。その後の医療保険リストの更新で、対象となる適応症が徐々に拡大されてきている。
係争特許(ZL00818966.8)は、リバーロキサバンの化合物に関する特許であり、その特許権は2020年12月11日に失効している。2019年からこれに対し無効審判請求が次々と提起されており、本事例の請求人は、国内メーカーとして初めて「リバーロキサバン錠」の後発品の販売資格を取得したN社である。後発品である同社のリバーロキサバン錠(安日欣®)は2019年に販売が承認されている。無効審判請求で請求人は、明細書の不十分な開示、サポート要件違反及び進歩性なしに関する無効理由を提示した。審理の結果、国家知識産権局は、第45997号無効審判請求に対する審決を下し、特許権者が提出した訂正後の請求範囲に基づき、特許権の有効性を維持するとした。
本事例での化合物の進歩性に関する判断は、本分野の当業者が近年提唱しているものと合致する。その提唱する内容とは、最も近い従来技術から医薬品化合物の発明の出発点を探り、保護しようとする化合物と最も近い従来技術との間の構造上の相違点を分析し、その構造を変更することで得られた用途及び/又は効果に基づき、特許が実際に解決する技術的問題を判断するというものである。
請求項1のリバーロキサバン化合物の構造式と、最も近い従来技術の化合物Aの構造式を比較すると以下のようになる。
リバーロキサバン
最も近い従来技術の化合物A
最も近い従来技術では、化合物Aが、その一般式の化合物の1つとしてXa阻害活性を有することが概括的に説明されているが、具体的な活性データは開示されていない。合議体は、リバーロキサバンの阻害活性に関するIC50のデータを基に、係争特許が実際に解決する技術的課題は、良好なXa阻害活性を有する化合物を提供することであると認定した。注目すべきは、従来技術が置換基の変更を行うことを示唆しているかどうかを評価する際に、審決において、発明の出発点を詳細に検討し、最も近い従来技術では全体として、ベンズアミジン化合物、すなわち分子式の左側のが開示されているとの認識を示したことである。この引用文献の全体的な開示内容をまとめると、ベンズアミジンが当該発明の不可欠な部分であることが理解できる。このため、当業者が従来技術の改良を行う際には、明確な技術的示唆が必要となる。
すなわち、化合物に関する発明の場合、最も近い化合物に改良を加えることが従来技術によって示唆されているどうかを判断する際には、従来技術には発明が実際に解決する技術的課題を解決するために置換基を変更する啓示があるかどうかを判断する必要だけでなく、最も近い化合物の全体的な構造について、その骨格部分と他の引用文献との類似または相違の程度が考慮されなくてはならない。本事例では、最も近い従来技術と他の証拠がいずれも、「Xa阻害剤としてベンズアミジン化合物を開示しており」、合議体は、「上記証拠の全体的な教示に基づけば、当業者は、証拠3のベンズアミジン化合物に直面したとき、ベンズアミジン、ホルムアミジンがXa阻害活性を実現するために不可欠な構造であることを知り得る。したがって、当該構造を維持する上で、他の置換基の変更を検討しようとする動機がより強まる。」と指摘した。
「審査基準」の規定によれば、従来技術が技術的示唆を与えているかどうかを判断する際には、従来技術を全体として考慮し、発明が実際に解決する技術的課題を解決するために特定の技術的手段を採用することを、従来技術が全体として示唆しているかどうかを検討しなければならない。医薬品化学の分野では、この要件にはさらに別の意味がある。医薬品化合物は、有効成分として体内に入った後、溶解、吸収、代謝など、体内の複数の複雑な生物学的プロセスに関与するが、化合物中の置換基の変化は、化合物と体内の標的や酵素との結合部位や結合力にも影響を与え、これは化合物の構造ー効果の関係の反映でもある。したがって、構造と効果の関係から切り離すと化合物を改変することには意味がない。本事例のように、すべての証拠において、オキサゾリジン環上の炭素原子の配置、アミドにおける窒素上のアルキル置換の有無、p-クロロフェニル基と証拠3に開示されている多数の均等なオプションによるXa因子活性への影響の可能性などに着目しない場合、当業者は、最も近い従来技術である化合物の骨格を改変するという技術的示唆を得ることができない。
本件の化合物の進歩性への評価基準は、2018年の特許復審・無効事例トップ10の1つである「抗ウイルス化合物としての縮合イミダゾリルイミダゾール」(第ZL201280004097.2号)と同じである。当該事例は、G社のC型肝炎治療薬である「エプクルーサ」の主成分であるVelpatasvir化合物に関するものである。当該事例において、審判部も、医薬品分野の発明については、構造と効果の両方から検討する必要があると強調している。原則として、既知の化合物と構造的に近くない、新規性を有する化合物は、ある用途や効果を持つ場合、その進歩性が認められる。2つの化合物が構造上近いかどうかは、その技術分野に基づいて判断すべきであり、構造的に近い化合物は通常、核心な部分が同じであるか非常に近い。このように、化合物特許の審理では、構造と効果の関係が重要なポイントになる。
製剤特許の進歩性 —— 「可能性」から「確実性」に達するための創造的労働が認め
医薬化学分野における製剤特許は長期間、無効率が化合物特許より高い状態が続いてきた。これは1つには、製剤手法が薬学分野の教科書にさまざまな形で開示されており、これらの教示を組み合わせて製剤クレームの特徴の組合せを得ることが容易であるためである。一方、業界でも、製剤特許や結晶特許など「二次的な特許」と呼ばれる発明は、化合物の発明をベースにしたものとみなされることが多く、これらの二次特許は有効成分の特許よりも発明が高度ではないと主観的に考えられている。また、二次特許は全体として、実的に化合物の特許保護期間を延長するための手法であるとし、その合理性に対し疑問を投げかける専門家もいる。しかし、製剤技術は実は、有効成分を安定的に医薬品にするための重要な技術であり、有効成分の開発と同じくらい重要である。統計によると、現在開発中の医薬品の40%近くがドラッグデリバリーの難しさから放棄されており、国内の複雑な製剤は輸入に大きく依存しているため、今後は製剤の差別化が革新的な医薬品の新たな突破口になるかもしれない。
本事例の係争特許の名称は「ブチルフタリドシクロデキストリン又はシクロデキストリン誘導体のインクルージョン及びその製造方法並びに用途」(特許番号第ZL02123000.5号)であり、特許権者はZ社及びE社、無効審判請求人は自然人である。係争特許は、国産の革新的な医薬品であるブチルフタリドに関するもので、当該薬品は、中国で独自に開発された3番目の1類新薬であり、「虚血性脳卒中の治療」を主な効能とする世界初の新規化学医薬品である。ブチルフタリド注射液の治療効果は医学界でも広く認められている。しかし、ブチルフタリド自体は油性なので、ブチルフタリドを注射剤にするには、まず、ブチルフタリドの水不溶性の問題を解決する必要である。
係争特許の請求項1は以下のとおりである。
ブチルフタリドシクロデキストリン誘導体のインクルージョンであって、ブチルフタリドと、シクロデキストリン誘導体とを含み、ブチルフタリドと、シクロデキストリン誘導体の分子モル比は、1:1~10であり、シクロデキストリン誘導体はヒドロキシプロピル基-β-シクロデキストリンであることを特徴とする。
審決において合議体は、係争特許の明細書に記載された技術的課題及び検証された技術的効果はいずれも、水溶性の向上であり、最も近い従来技術にはブチルフタリドのカプセル剤が開示されているが、ブチルフタリドとシクロデキストリンのインクルージョンは開示されていないことを明らかにした。請求人は、従来技術の他の教示に基づき、当業者であれば、溶解性を高める目的でシクロデキストリンをインクルージョンとして使用する動機を有する主張した。これに対し合議体は、従来技術の教示を大量に分析した結果、以下のような認識を示した。すなわち、「医薬品分野における優れた助剤の出現は単に、優れた製剤を製造する可能性を提供するものにすぎない」、「潜在的な可溶化剤の出現は、医薬品開発への扉を開くものである。しかしながら、こうした可溶化剤が何十種類もの医薬品に適用できることだけを理由に、構造が似ていない他の医薬品での『可能性』を『確実性』に変えるために研究者が費やした創造的労働を直接否定すれば、発明創造の促進と保護には明らかに不利となる。」との認識を示した。注目に値する点として、合議体は、従来技術における、異なる医薬品に対するシクロデキストリンの可溶化効果について詳細な分析を行い、技術的示唆が明確且つ具体的でなければならないとの認識を示したことである。従来技術ではコウホン(茶芎)揮発油-β-シクロデキストリンのインクルージョンの製造(証拠8)が開示されており、フタリド系成分がコウホン揮発油の約90%を占めると請求人は主張しているが、「証拠8には、インクルージョン前後のフタリドの溶解度の変化は開示されておらず、また、証拠4で前述したように、特定のシクロデキストリン分子が医薬品をどの程度溶解させるかを予測することは困難であることから、何らかの規律性のある技術情報が明確に開示されていない場合には、当業者は、証拠8に基づいても、ヒドロキシプロピル-β-シクロデキストリンでブチルフタリドを包含して、係争特許に記載されたような優れた技術効果を得て、ブチルフタリドを、体内に注入する注射薬等の剤型として製造し提供する可能性を予測することはできない」と指摘した。つまり合議体は、技術的示唆が成立するには、具体的な技術手法が教示されているだけではなく、当業者が類似の技術効果を予測できるような規律性のある技術情報が必要であるとの認識を示したことが理解できる。
この審決においても、合議体は従来技術を全体的に勘案する方式を徹底させ、従来技術でカプセル剤を製造した理由も進歩性評価のプロセスで考慮し、発明プロセスを復元する観点から、進歩性判断の客観的な勘案事項を解釈している。
既存薬の新たな応用–病因の多様性・不確実性の無視による後知恵を回避
乳児血管腫は、乳幼児によく見られる良性腫瘍であり、係争特許の出願日以前は有効な治療法が存在しなかった。プロプラノロールは従来、心血管疾患の治療に用いられてきたβ-遮断薬類の医薬品である。2008年、本発明者は、プロプラノロールが乳児血管腫の治療に使用できることを偶然発見した。この新たな用途の発見は、乳児血管腫の治療に新たな1ページを開くものとして業界で認められた。(プロプラノロール経口投与による小児血管腫の治療に関する中国専門家のコンセンサス Shanghai J Stomatol,2016,25(3):257-260)。
当該特許の名称は「血管腫の治療薬剤を製造するためのβ-遮断薬の用途」(特許番号:ZL200880111892.5)であり、特許権者はB大学、無効審判請求人はY社である。
請求項1は以下のとおりである。
毛細血管の乳児血管腫の治療剤を製造するためのβ-遮断薬の用途であって、前記β-遮断薬はプロプラノロールまたはその塩である。
無効審判の口頭審理では、特許権者は、請求項を減縮補正し、適応症を「毛細血管の乳児血管腫」に限定した。特許権付与時の「血管腫」、又は無効審判請求の応答時に補正した「毛細血管の血管腫、又は毛細血管の乳児血管腫」と比べると、適応症をさらに減縮したものである。特許権者は、請求項1の毛細血管の乳児血管腫はイチゴ血管腫であると主張しているが、これに対して請求人は異なる見解を示した。適応症の解釈は、従来技術の教示への評価と密接に関連するため、合議体はまず、毛細血管の乳児血管腫が特許権者の主張するイチゴ血管腫であるかどうかについて判断を行った。従来技術における分類や病因等の内容を検討した結果、合議体は特許権者の解釈を認めた。
請求項の保護範囲を確認した結果、審決では、当業者は、脈管奇形治療への化合物の使用に関する従来技術の教示に基づき、発症メカニズムが異なる別の疾患の治療にその化合物を使用するとは想到できないと判断された。また合議体は、効能が確定している用途発明の技術案を提出するために、綿密な観察と巧みな構想、或いは大量の試行錯誤が必要であるが、一旦、技術案が提出されると、既知の薬理学・病理学の関連メカニズムに沿って、論理関係に合致する経路を再構築し、当該技術案を逆に推論することは容易であり、このような証明方法が体内の複雑な生理環境や、発症メカニズムの多様性・不確実性を無視したものであれば、「後知恵」であることは明らかであり、特許権者の正当な利益を損なうことになる。また、この審決において、従来技術の教示が具体性と明確性という要件を満たすべきであることが反映されている。
用途発明の本質は、既知の化合物の新しい特性を発見することにあり、その発見と検証には大量の研究と試験が必要となる。審決では、体内の複雑な生理環境、発症メカニズムの多様性・不確実性が総合的に考慮されることで、用途発明の進歩性が認定された。
また、学ぶべき点としては、特許請求範囲によって限定された保護範囲を確定する際に、実は、当該発明が属する技術分野における従来技術の状況をより明確にし、示唆の有無を判断するための準備をしていた。新特許法の施行後、中国特許庁の機能に、製品が特許権の保護範囲に入るかどうかについての行政裁決が含まれるようになった。本件の審決、特に特許権の保護範囲に対する解釈には、参考すべき点が大いにある。