筆者:成城 金杜法律事務所 知的財産権

2021年4月26日に国家知識産権局から公示された2020年度特許復審・無効十大審判事件のうち、機械分野に関わる事件が三件ある。これらの事件は、社会的影響が大きく、焦点となる問題が典型的であることから、十大事件として選出されており、これらの具体的な事件における国家知識産権局復審・無効審理部の判断は、将来の実体審査及び審判に対して大きな影響を与えるものと考えられる。とりわけ、類似の事件においてそれを援用・活用することもできると思われる。

ここでは、これら三つの事件の経緯及びその典型的意義を簡単に紹介する。

一、「シート供給排出装置およびスマホガラス加工センタ 実用新案無効審判事件(無効審決第35297号)

権利者:H社

無効請求人:C社

実用新案番号:ZL201520396790.X

決定:有効維持

係争実用新案は、スマホガラス加工の技術分野に関し、具体的に、スマホガラス加工装置のシート供給・排出装置に関する。係争実用新案は、共通ストッカーを備えるスマホガラス加工センタを提出し、その中、シート供給・排出装置は、回動ロッド及び回動ブロックにより180度ずつ回動し、加工テーブルにおける加工すべきシートと加工済シートとの迅速な交換を実現することで、供給・排出の時間が長いという従来技術の技術課題を解決した。

本事件の係争焦点は、進歩性判断において、請求項1の保護範囲の解読及び最も近い先行技術への理解にある。

無効請求人は、以下のことを主張した。最も近い先行技術である証拠1には、支持軸、搬送ロボット及びその吸盤、一時置き台、エレベータ及びその吸盤などの部材の協働により、シート加工の高生産性を実現することが開示されている。証拠1において、搬送ロボットは支持軸回りに90度回動(スイング)し、支持軸から下方に垂れ下がる鉛直姿勢と支持軸から加工機側に延びる水平姿勢との間にスイングする。係争実用新案が進歩性を具備しないとともに、請求項1は、回動ロッドの回動角度が180度であるという必須構成要件を欠如している。必須構成要件欠如について、請求項1において、回動ロッドと回動ブロックに関して、「回動ロッドを有する回動機構」、「前記回動ロッドに取り付けられる回動ブロック」、「回動ブロックの前後両側にシートを取り出すための取り出し部が取り付けられる」のみが記載され、この記載に基づいて、請求項1の技術案は、シートを同時に供給、排出する技術課題を解決することができない。進歩性欠如について、証拠1には、支持軸に、当該支持軸回りに90度回動(スイング)する搬送ロボットが取り付けられることが記載されているため、証拠1に開示の支持軸及び搬送ロボットが、係争実用新案における回動ロッド及び回動ブロックに対応する。

権利者は、係争実用新案の請求項1に回動角度について明確に記載されていないが、請求項1の上下文は回動角度180度の内容を暗示し、また、証拠1に開示の上記支持軸及び搬送ロボットの構成が係争実用新案の回動ロッド及び回動ブロックに対応しないことを堅持した。

これについて、合議組は、以下のように認定した。

請求項の保護範囲への理解は、請求項に記載の各構成要件への正確な理解、即ち、各構成要件自体の意味及びそれを含む文の意味への正確な理解だけではなく、請求項における全ての構成要件間の関係への正確な理解及び互いに関連する構成要件により共同で限定する意味への合理的な解読も含む。

係争実用新案の請求項1は、上記回動ロッドと回動ブロックに関する構成要件だけではなく、「シートの並び方向及び上下方向に移動するよう回動機構を支持する第1の駆動機構」及び「シートの並び方向に、シートに対して更なる処理を行う加工テーブルが設けられる」を限定している。請求項1に限定の回動ロッド、回動ブロック、取り出し部、加工テーブルなどの構成要件に基づいて、当業者は、前記シート供給・排出装置が、前記回動ブロックの前後両側の取り出し部によりシートを取り出すことを明確に理解できる。そのため、前記回動ロッド及びそれに関連して取り付けられる回動ブロックの回動角度は、前記回動ブロックが前記両側の取り出し部により加工テーブルで加工済シートと加工すべきシートの取り出し、変換作業に必要な回動角度であるべき。即ち、請求項1に限定のシート供給・排出装置の構成部材及び構成部材間の構成、位置などの関係の構成要件に基づいて、請求項の全体を組み合わせて、該請求項は、正に、回動ロッドと回動ブロックが180度回動することによって加工テーブルで加工済シートと加工すべきシートに対して取り出し変換作業を行うことを実現できるという技術案を含むことを確定できる。

また、請求項に限定の「回動ブロック」という用語は、元々当分野で通常の意味を有し、かつ、係争実用新案の明細書で該用語について特殊な定義をしていないため、該用語への当業者の理解は当分野の通常の意味に基づいて行うべきである。これに対して、証拠1に開示された構成、即ち、一端がL字ロッド状であり、他端が扁平行体状であり、作業の際90度スイングする搬送ロボットを所属分野の「回動ブロック」に定義することができない。証拠1に開示の上記構成及び作業方式の搬送ロボット並びに支持軸の構成は、実は、スイングアームの構成である。該構成は、一時置き台及びエレベータの支援がないと加工済シートと加工すべきシートとの変換を実現することができないため、証拠1と係争実用新案は、シートを取り出す構成が異なり、作動原理も異なり、証拠1は係争実用新案の技術課題を解決し係争実用新案の技術効果を奏することができない。証拠1において、搬送ロボットの対向している両側にワークの取り出しを行う吸盤が取り付けられるが、係争実用新案の回動ロッド及び回動ブロックのように180度回動することで加工済シートと未加工シートの変換を実現することができない。したがって、回動ロッド及び回動ブロックは係争実用新案の請求項1と証拠1との相違点になる。

無効請求人は、更に、もう1つの先行技術である証拠3に回動ロッド及び回動ブロックの構成が開示され、かつその役割は係争実用新案と同じであることを主張した。しかし、証拠1の図3から、支持軸がエレベータに貫通し、搬送ロボットの一端はL状を呈して前記支持軸に接続されており、このような構成は上記90度スイングしかできない。証拠1の図3に開示されている上記スイングアームの構成から、当業者は、エレベータの内部に貫通する支持軸及び搬送ロボットの構成を回動ロッドと回動ブロックの構成に変更することを容易に想到できない。よって、証拠3には係争実用新案の回動ロッド及び回動ブロックと役割が同じである構成が開示されるにも関わらず、最も近い先行技術である証拠1の制限により、当業者は、証拠1と証拠3を結合して請求項1の技術案を得ることができない。

弊所コメント:無効請求人は、請求項1に回動ロッドと回動ブロックの回動角度が記載されておらず、即ち、該回動角度は任意の角度であるよう理解できるため、該請求項は広い保護範囲を有することを主張した。無効請求人のこの主張から、その新規性・進歩性以外の条項に基づいて提出した無効理由は、後続の進歩性評価のための準備であると考える。ただし、この無効理由は、請求項1の回動ロッドと回動ブロックの回動角度を任意の角度に解読する目的を達成できない。つまり、証拠1に開示の支持軸及び搬送ロボットを係争実用新案の回動ロッド及び回動ブロックと技術対比を行うとき、係争実用新案の請求項1に回動ロッドと回動ブロックの回動角度が直接に限定されていないため、その保護範囲を回動ロッドと回動ブロックの回動角度が任意の角度であるよう確定することができない。したがって、証拠1に開示の90度回動(スイング)可能な搬送ロボットと支持軸が、係争実用新案の回動ブロックと回動ロッドに対応することができない。

また、進歩性の審査において、先行技術の手段を簡単に積み重ね、寄り合わせるではなく、先行技術の「全体」から技術示唆があるかどうかを考慮すべきである。最も近い先行技術自体に改良の基礎が存在しないと、もう1つの先行技術に対応する役割を実現できる相違点が開示されているとしても、当業者は上記先行技術を組み合わせる動機がない。

二、「液体レンズを駆動するボイスコイルモータおよびそのレンズ群」実用新案無効審判事件(無効審決第46459号)

権利者:A社

無効請求人:H社

実用新案番号:ZL201820385939.8

決定:権利者による補正後の請求項の基に有効維持

係争実用新案は、液体レンズの技術分野に関し、具体的に液体レンズを駆動するボイスコイルモータおよびそのレンズ群に関する。

本事件の主な係争焦点は、米国の仮出願が中国出願の優先権基礎になれるか、係争実用新案と引例の技術案が同じであるか、及び無効請求人が無効審判請求を提起した時に理由及び関連証拠を具体的に説明すべきにある。

無効請求人は、係争実用新案の請求項1が引例1に対して新規性を具備しないと主張した。該引例1は、中国特許出願であるが、その優先権が米国の仮出願である。

権利者が、請求項8の一部構成を請求項1に加える補正を行い、補正後の請求項が新規性及び進歩性を具備すると主張した。権利者は、引例1の優先権書類が米国の仮出願によるものであり、該文献は公衆に公開されておらず、中国国内で取得することができないため、引例1の優先権が成り立たないと更に主張した。

無効請求人は、口頭審理において、USPTOのサイトに登録して該米国の仮出願を取得する過程を演じ、引例1の優先権が成り立つものであり、引例1が係争実用新案の抵触出願になると主張した。

これについて、合議組は「パリ条約」から解釈し、該引例1の優先権の有効性を認めた。具体的に、引例の外国優先権が係争実用新案の出願日より前であり、かつ中国で出願された時間は係争実用新案の出願日より後であり、該引例に記載の内容が、その優先権書類の主題と同じであると、優先権が成り立つ引例の技術案が、係争実用新案を評価する抵触出願の技術案になる。

新規性について、引例1が係争実用新案の抵触出願であるが、合議組は、補正後の請求項1が引例1に対して相違点があると認定した。

これについて、無効請求人は、引例2が既に請求項1の全ての構成要件を開示し、かつ、請求項1と引例2とに何の相違点があるとしても、当分野の公知常識又は常用手段に該当するため、請求項1が進歩性を具備しないと主張した。

合議組は、以下のように認定した。中国審査指南第四部分第三章第4節の規定によると、無効請求人が無効審判請求を提起する際無効理由を具体的に説明せず、関連無効理由の具体的な説明に用いられる証拠もなく、かつ、無効審判請求日から一ヶ月以内に具体的な説明を補充しない場合、考慮しない。本事件において、無効請求人の無効審判請求書から分かるように、無効請求人は、請求項1と引例2との相違点について認定を行っていないし、相違点に基づいて関連する無効理由を具体的に説明しておらず、相違点が存在するとしても該相違点が公知常識に該当するのみを仮定したため、無効請求人の上記無効理由を考慮しない。

弊所コメント:本事件で米国の仮出願を中国特許出願の外国優先権基礎となり得る理由を具体的に説明した。それに、本事件から無効請求人に以下の教示が与えられている。即ち、係争特許が進歩性を具備しないことを主張するには、請求項が先行技術に対して相違点が存在するとしても、該相違点が公知常識に該当することを、形式上のみ指摘することができず、請求項と最も近い先行技術との相違点を明確に指摘し、且つ公知常識又は他の引例と組み合わせて具体的に評価すべきである。さもなければ、このような証拠を組み合わせて具体的に説明することのない無効理由は、合議組に認められない。

三、「横編機」発明特許権無効審判事件(無効審決第47197号)

特許権者:H社

無効請求人:D社

特許番号:ZL201610534695.0

対応ヨーロッパ特許:EP3115491B1

決定:有効維持

係争特許は、横編機の技術分野に関する。

本事件の係争焦点は、係争特許の明細書が特許請求の技術案を十分に開示したか、請求項が明確であるか、及び請求項が先行技術に対して新規性及び進歩性を具備するかである。その中、肝心な問題は、如何にして特定の技術用語を正確に理解して請求項の保護範囲を正確に確定するかである。

無効請求人は、係争特許の請求項1が特許請求している横編機の技術案において、「編成ロック」という用語は当分野で通常の意味を有しておらず、かつ係争特許の明細書には当該用語の意味について何の説明もないため、請求項1の保護範囲が明確ではないことを主張した。

特許権者は、「編成ロック」という用語がドイツ語の「Strickschlösser」及び英語の「cam assembly」に対応し、その文言意味から、編成中又は編成に用いられるロック役割を有する部材であり、明細書にもその役割が記載され、中国語では通常「三角座滑架(対応日本語:キャリッジ)」と呼ばれることを主張した。

合議組は、以下のように認定した。請求項のある技術用語の意味を判断する際、当業者の立場から明細書及び図面を合わせて理解すべきである。本事件で具体的にいうと、係争特許のドイツ優先権書類(EP15176118.6)において、編成ロックに対応する用語が「Strickschlösser」(英語に訳すとrope lockである)であり、「編成ロック」が該外国語の直訳である。係争特許の明細書の段落[0031]には、「図1は、横断面で横編機100を示す。横編機100は、前部に位置する針床10と後部に位置する針床10’を備える。スライダー20は前記針床10、10’を通過するように移動し、前記スライダーにおいて前後部の編成ロック30、30’が固定されており、編成ロック30、30’により編成用具(ここで詳細に示されていない)をトリガーすることができる」と記載されている。更に図1~2に示す構成模式図を合わせて、当業者は、編成ロック30、30’がスライダー20の前後部に位置し、編成用具のトリガーに用いられることを確定できる。上記記載及び図面における編成ロックの位置、役割及び他の部材との連動関係から、当業者は、係争特許の用語「編成ロック」が当分野で一般的に呼ばれるキャリッジを指すことを確定できる。

弊所コメント:係争特許は、実は、翻訳による用語理解の問題に関する。一般的に、用語の意味は、優先権書類の原文により左証されると、原文の意味に準ずることができる。また、ある構成要件の翻訳が正確ではないが、係争特許の明細書において当該構成要件の役割を説明した場合、明細書の記載を利用して該用語が実際に指す当業者の常用表現を解釈することができる。

本事件は、特定の技術用語の意味の正確確定について審査構想を提供し、即ち、ある用語について明細書に特定の定めが記載されていない場合、請求項における用語の理解は所属分野の通常意味を考慮し、かつ、係争特許の文脈から、該通常意味は、当業者が明細書及び図面に基づいて得る内容と一致するかどうかを判断する。更に、技術用語への理解は、係争特許の「内部証拠」、例えば優先権書類を更に合わせることによって、その本来の意味を特定することが可能である。本事件は、特許権の保護範囲を明確に確定することによって、特許権者にその革新度と貢献程度に相応する保護を与え、権利確認手続きにおいて知的財産を厳格に保護するとともに、社会大衆の利益を守るという審査理念を体現する。