矯鴻彬、劉宇欣、蔡超静 キング&ウッドモールソンズ

2020年11月16日、最高人民法院は、「最高人民法院による知的財産権の民事訴訟の証拠に関する若干の規定」(以下「規定」と称する)を公布した。該司法解釈は計33条あり、2020年11月18日にすでに施行されている。全体的に見て、「規定」は、知的財産権の裁判の実務に立脚した上で、証拠提出、証拠妨害、証拠保全及び司法鑑定、証拠検証及び認定、損害賠償等の重要な制度をさらに改善することで、権利者の立証の負担を適度に減らし、知的財産権の権利者の訴訟における「立証の困難性」、「権利行使のコスト高」等の問題を確実に解決するもので、知的財産権に対する司法の保護の強化にとって、積極的な意義を有する。ここでは、「規定」の主な内容を以下のとおり分析する。

一、証拠提出及び立証の妨害

  • 証拠を保有する当事者の立証義務の明確化

「規定」第2条では、「主張した者が立証する」という原則を基礎に、法院は、当事者の主張及び要証事実、当事者の証拠保有状況、立証能力等に基づき、当事者に証拠の提出を要求することができる、とさらに規定している。この規定は、証拠を保有する当事者の立証義務を、さらに明確にし、当事者それぞれが積極的に立証するよう促し、人民法院が正確に案件の事実を調査究明できるようにすることを意図している。

  • 非新製品方法の専利権利者の立証責任の軽減

現行の「中華人民共和国専利法」第六十一条には、新製品製造方法に関する発明専利の民事訴訟における立証責任の転換が規定され、訴えられた侵害者の方から、その製品製造方法が専利の方法と異なるという証明を提出することが規定されている。しかしながら、非新製品製造方法の専利にとっても同様に、立証困難という問題が存在する。これに対し、「規定」第3条には非新製品製造方法の専利権者が、初歩的な立証責任を行った後(同一製品、高い侵害可能性、合理的努力)、法院は被告に対しその製品製造方法が専利の方法と異なることを立証・証明するよう要求することができると規定されており、専利権者の立証責任が一定程度、軽減されるようになった。

  • 合法的な仕入れ元の抗弁に対する立証ハードルの引き上げ

知的財産権をめぐる民事訴訟において、「合法的な仕入れ元の抗弁」の使用頻度は非常に高い。合法的な仕入れ元の抗弁の濫用を避けるため、「規定」第4条ではさらに、合法的な仕入れ元の抗弁の立証要件を明確化している。即ち客観的には、合法的な購入ルート、合理的価格及び直接の供給者等の証拠を提出し、被疑侵害品、複製品を合法的に取得したという事実を証明する必要がある。また主観的には、その証拠が合理的な注意義務(経営規模、専門の程度、市場取引習慣等)に見合う程度のものである必要があり、これにより、「合法的な仕入れ元の抗弁」によって損害賠償責任を容易に免れ、法律の抑止力の実現を困難にすることがないようにしている。

  • 匿名での証拠取得及び機会提供型罠による証拠取得の効力を承認、権利者の権利行使に配慮

知的財産権の民事事件では、侵害行為の隠蔽性が高く、侵害主体の警戒心が強いといった特徴があるため、権利者は往々にして「匿名による証拠取得」又は「罠による証拠取得」等の方法を選択して証拠を取得する。しかしながら、前述の方法で取得された証拠を受け入れるべきかについて、論争が生じたことがある。これに対し、「規定」第7条第1項では、自ら又は他人に委託して一般の購入者名義で取得した実物、領収書等を、訴えられた侵害者の侵害を提訴する証拠とすることができると明確に認めており、即ち、匿名での証拠取得が認められた。同時に、同条第2項では、罠による証拠取得を状況毎に区分しており、即ち訴えられた侵害者が他人の行為に基づき、知的財産権侵害行為を実施して形成した証拠は、権利者がその侵害を提訴する際の証拠とすることができる。但し、訴えられた侵害者が、権利者の証拠取得行為のみに基づいて知的財産権侵害行為を実施した場合は、これを除外する。

  • 域外証拠の法的形式要件の簡素化

「規定」第8~10条では、特定の状況において域外証拠の公証、認証手続の要件が簡素化されており、具体的には以下のとおりである。

1.公証、認証が不要な証拠(第8条):発効した人民法院による裁判、発効した仲裁で確認された証拠、公的又は公開のルートより入手可能な公開出版物、特許文献等、及びその他の真実性を証明できる証拠

2.認証不要な証拠(第9条):当事者が真実性を認めたもの、又は相手方の当事者が証人・証言を提供して証拠の真実性を確認し、且つ証人が、偽証をした場合には処罰を受ける旨を明確に示した場合

3.手続き関係の文書に対する、重複の公証、認証が不要(第10条):一審手続きにおいて委任状の公証、認証又は他の証明手続が行われた場合、人民法院は後続の訴訟手続きにおいて、当該委任状の上述の証明手続を再度要求しなくてよい。

上述の規定は、域外の当事人に一定程度、利便性を与えるとともに、訴訟コストを引き下げている。但し注目に値する点として、上述の規定第9条は、最高人民法院が2019年に公布した「最高人民法院による民事訴訟の証拠に関する若干の規定」(以下、「民事証拠規定」と称する)第16条と比べ、域外当事者の認証の負担を重くしたように見受けられる。「民事証拠規定」第16条は、域外で形成された身分関係の証拠について認証を行うことを要求するだけであったが、「規定」第9条では、特定の状況における証拠認証要件を排除しただけである。上述の2つの条項が相反する場合、「規定」第33条の規定によれば、やはり「規定」第9条を基準とする必要があるように見受けられる。

  • 証拠妨害行為に対する制裁、関連規定実施の保障

関連規定の順調な実施を保障するために、「規定」は複数の条項において証拠妨害行為を規制している。当該複数の条項には、第9条(証人による偽証)、第13条(証拠保全に対する非協力又は妨害)、第14条(恣意的分解、証拠材料の改ざん、又はその他の破壊行為の実施)、第25条(虚偽証拠の提出又は証拠不提出,証拠隠滅又はその他の行為の実施)が含まれる。当事者が以上の行為を実施した場合、人民法院は、当事者が不利な結果を受け入れることを確定し、民事訴訟法の規定に従い法に基づき処理することができ、関連規定の確実な実施を最大限度保障している。

  • 書証提出命令制度の適用範囲の拡大、立証困難の解決

知的財産権侵害訴訟において、侵害行為に関する証拠は往々にして、侵害者が保有しており、権利者が直接取得することが困難であるという問題が存在する。「最高人民法院による『中華人民共和国民事訴訟法』適用に関する解釈」第112条及び《民事証拠規定》第45~48条にはいずれも、書証提出命令制度が規定されており、即ち当事者は、書証を保持する相手方の当事者に対し、対応する書証を提出することを命じるよう、法院に申し立てることができ、正当な理由なく提出を拒んだ場合、申し立てた当事者の主張が成立すると推定することができる。《規定》第24条は既存の制度を基礎に、「書証」の種類による制限を突破し、証拠の種類を全ての証拠にまで拡大している。証拠には、物証、電子データ、録画録音資料等その他の証拠の種類が含まれるが、これらに限定されない。前述の証拠の種類は、知的財産権をめぐる民事訴訟では頻繁に見られるもので、重要な証拠になり得るものであり、権利者の「立証困難」の問題は一層解決されることになる。

二、証拠保全及び司法鑑定

  • 証拠保全の審査要素の明確化

証拠保全制度は知的財産権訴訟にとって重大な意義があり、特に改ざん消失が容易なプログラムソースコード等の証拠については、証拠保全の成功の可否が、案件の最終結果を決定する可能性がある。これに対し、「規定」第11条には、証拠保全の審査要素が以下のとおり明確にされている。

(1)申し立て人はその主張について、初歩的な証拠を提出したか。

(2)証拠は出願人が自ら収集可能か。

(3)証拠消失又は今後の取得困難の可能性、及びそれらが要証事実の証明に与える影響

(4)採用される可能性がある保全措施が、証拠保持者に与える影響

また、第12条にはさらに、証拠保全は有効な固定的証拠に限ると規定されており、保全対象物の価値に対するダメージ及び証拠保持者の正常な生産経営活動への影響を極力減らして、双方の利益のバランスを図っている。また、「規定」では、申立人が、侵害の可能性が高いことを証明するに足る証拠をすでに保持していることは、要求されていない。

  • 司法鑑定の範囲を「要証事実の専門的な問題」に限定することの明確化、鑑定の客観性の向上

司法鑑定は、知的財産権の案件において技術的な事実を調査究明する重要な方法の1つであるが、知的財産権の鑑定は、伝統的な4種類の鑑定(法医学、物証、音像資料及び環境)には属さない。したがって、その範囲は、境界が曖昧であることから、常に論争の的であった。これに対し、「規定」第19条では、知的財産権の鑑定事項の範囲を「要証事実の専門的問題」に限定するとし、法律適用の問題、例えば専利の均等侵害を構成するか否か、著作権侵害の民事事件において実質的類似に該当するか否かの認定等の問題には関わらないことが明確化されている。司法鑑定は事実究明の手段であり、法律上の問題に対し判断をすべきではない。上述の規定は、司法鑑定の科学性、中立性、客観性をさらに高めるものであり、司法鑑定が知的財産権案件において、技術的事実を調査究明する役割を十分発揮できるようにしている。

三、証拠検証及び認定

商業機密は秘密性の特徴があり、商業機密の民事訴訟は往々にして訴訟期間が長く、参加者が多く、訴訟中の証拠の交換、検証、開庭等の複数の場面において、訴訟の過程で商業機密が二次漏洩するリスクが高い。これに対し、「規定」第26条には、訴訟参加者が機密協定を締結し機密保持を承諾するよう要求し、訴訟手続きにおいて知り得た秘密情報を案件の訴訟外の目的で開示、使用し、他人に使用させることを禁ずる裁定・命令を下し、当事人の申し立てにより証拠に接する人の範囲を制限する等、法院が機密証拠に対し保護措施を講じなければならないと規定されている。上述の規定は、現行の法律の規定及び司法の実務に合致しており、機密証拠の二次漏洩のリスクを軽減することに利するとともに、商業機密の権利者が、勝訴はしたものの権利を失ってしまう事態を回避する。

意見募集稿と比べると、この部分では、以下のものを含むかなりの内容が削除されている。

・再審手続き中の従来技術、従来設計、先使用抗弁の証拠の採用(意見募集稿第30条)

・専門的補佐人員の身分資格、出庭手続き、費用負担等の問題に関する規定(意見募集稿第39~42条)

・電子データの合法性の認定につき、特に証拠取得手段が行政管理規定に違反することだけを理由に証拠の真実性を否定できないこと(意見募集稿第44~46条)

・公証証拠の真実性の認定につき、公証申立人が利害関係を有しないこと、及び公証管轄の瑕疵のみで真実性を否定できないこと(意見募集稿第47条)等

上述の内容はいずれも、司法の実務において頻繁に発生する状況であるが、最終的には司法解釈に書き入れられなかったため、関連する問題は再び、法律の規定が不明確な境地に置かれることになった。例えば、政策上の規制のため、中国大陸でVPN等の方式により取得した証拠は、依然として法院に認められ難い可能性がある。

四、損害賠償請求

司法の実務において、知的財産権の損害賠償の証明は難題であり、統一的な認定基準が未だ形成されていない。これに対し、「規定」第31条は、司法の実務を集約した上で、複数の受け入れ可能な損害賠償の証拠を挙げている。それには、財務帳簿、会計証拠、販売契約、出荷入荷伝票、上場会社年次報告書、目論見書、ウェブサイト又は宣伝用冊子等の関連記載、設備システムに保存された取引データ、第3者のプラットフォームで統計された商品流通データ、評価レポート、知的財産権使用許諾契約及び市場監管・税務・金融部門の記録等が含まれる。同時に、使用許諾費関連の証拠についても、「規定」第32条に列挙されており、費用支払いの有無、支払い方法、許諾契約の報告記録の有無、使用許諾の権利内容、方式、範囲、期限、被許諾者及び許諾者の利害関係の有無、並びに業界での許諾の一般的基準等が含まれる。

以上まとめると、「規定」は、司法の実務を総括した上で多方面から、知的財産権に関する民事訴訟の証拠問題に対し明確な指針を示しており、権利者の権利行使の負担やコストを一定程度、軽減するとともに、当事者が知的財産権の民事訴訟において積極的且つ全面的に、正確且つ誠実に証拠を提供することを、積極的に促している。しかしながら、意見募集稿と比べると、最終的に公布された「規定」では計20条の規定が削除されている。知的財産権をめぐる民事訴訟における証拠のルールには、依然として論争の余地があり、今後、立法及び司法によってさらに明確化する必要があることが理解できる。