楊宏軍 牛蔚然知的財産権 金杜法律事務所

2020年末に、国家知識産権局は、新たに改正された《審査指南》を発表した。改正《審査指南》は2021年1月15日から施行される。今回改正の主な改正点は、実験データの追加、化合物発明および生物分野発明の新規性、進歩性の判断などを含み、ほとんど《審査指南》第二部分第10章《化学分野における発明特許出願の審査に関する若干規定》に関連している。今回の改正は、下記(1)~(3)を考慮して、過去数年間の審査慣行を《審査指南》に反映する必要がある、などのニーズに迫るものと考えられる。

(1)追加で提出された実験データに関する規定は、中米貿易協定における中国側の約束を果たす;

(2)化合物発明に関する規定は、《審査指南》第4章(進歩性)と第10章(化学発明)との規定の整合性を図る;

(3)バイオ分野の発明について、改正前の《審査指南》は日進月歩の科学技術の進化に追いつかない

以下、今回改正の主な改正点を解説する。

一、実験データの追加について

2017年の改正に続き、実験データの追加に関する規定は再度改正されており、両者の違いを対照表の形で以下に示す。

2017年 2020年

3.5追加で提出された実験データについて

開示要件を満たすか否かを判断する場合は、出願当初の明細書及び特許請求の範囲に記載された内容を基準とする。

3.5追加で提出された実験データについて

3.5.1 審査基準

開示要件を満たすか否かを判断する場合は、出願当初の明細書及び特許請求の範囲に記載された内容を基準とする。

出願日以降に追加で提出された実験データについて、審査官はそれを審査すべきである。追加で提出された実験データによって証明しようとする技術的効果は、当業者が特許出願において開示された内容から得られるものでなければならない。 出願日以降に、特許法第22条第3項、第26条第3項などに関する要件を満たすために追加で提出された実験データについて、審査官はそれを審査すべきである。追加で提出された実験データによって証明しようとする技術的効果は、当業者が特許出願において開示された内容から得られるものでなければならない。

3.5.2 医薬品特許出願における実験データの追加

本章3.5.1節の審査基準に従い、医薬品特許出願の審査例を挙げる。

例1、例2(中略)

以上から、実験データの追加については、審査基準の文言が基本的に変わっていないこと、すなわち、追加で提出された実験データによって証明しようとする技術的効果は、当業者が特許出願において開示された内容から得られるものでなければならない。一方、新設の3.5.2節に挙げられた2つの例において、特許局は追加で提出された実験データの受け入れを緩和する傾向を示している。

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例1では、「明細書には、化合物の製造例、血圧降下作用、および血圧降下作用の測定方法が記載されているが、測定データは記載されていない」ケースに関し、血圧降下作用について追加で提出された実験データによって証明しようとする技術的効果は「明細書の記載に基づいて得られるもの」と認められ、このデータは進歩性の審査においても審査すべきである、と明確に示されている。

今までの審査実務において、明細書には、定量的データがなく、効果に関する定性的記載のみがある場合には、通常、その効果について、「明細書の記載に基づいて得られるもの」とは認められない。これに対して、今回の改正では、文字記載があることは、効果が得られるものを意味する、とされている。これによって、将来、実験データの欠如による開示要件違反の指摘が消えてしまうだろう。

なお、「進歩性の審査においても審査すべきである」とは、「実験データを追加で提出すれば進歩性が認められる」という意味ではない。なぜなら、明細書の記載から、「血圧降下作用」を有することが知られるが、一方、明細書には、「先行技術よりも優れた血圧降下作用」を有することが記載されていないからである。言い換えれば、追加で提出された実験データは、「本発明の化合物が血圧降下作用を有する」という主張を証明できるが、「本発明の化合物は、先行技術の化合物よりも優れた血圧降下作用を有する」という主張も証明できるとは限らない。

先行技術には、構造が類似している血圧降下化合物が開示されていない場合には、本発明の化合物が血圧降下作用を有すれば、通常、本発明の化合物は進歩性を有することが認められる。この場合、実験データの追加は、進歩性の主張に効果的である。

一方、先行技術には、構造が類似している血圧降下化合物が開示されている場合には、「本発明の化合物が血圧降下作用を有する」ことを証明するだけでは、本発明の進歩性の成立に役立たない。この場合、実験データを追加で提出することにより、本発明の化合物が先行技術の化合物よりも優れた血圧降下作用を有することが定量的に示されたとしても、このデータから導き出される結論は、「本発明の化合物が血圧降下作用を有する」に止まることを考えると、本発明の進歩性が依然として認められない可能性がある。これは、《審査指南》の例2の進歩性判断において明確な結論が示されていないことからも明らかである。

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例2は、「請求項1は一般式化合物を請求し、明細書には、この一般式化合物が抗腫瘍効果を有すること、抗腫瘍効果の測定方法、および多数の具体的な化合物の製造例が記載されている。また、効果データとして、実施例化合物のIC50値が1~100 nMの範囲にあると一般的に記載されているだけである」ケースにおいて、出願人が、本発明化合物AのIC50値は15 nM、引用文献の化合物のIC50値は87 nMであることを証明する実験データを提出した、というものである。

改正後の《審査指南》では、上記の例2について、「当初の出願書類の記載によれば、化合物Aおよびその抗腫瘍効果はすでに開示されており、追加で提出された実験データによって証明しようとする技術的効果は、特許出願書類に開示された内容から得られるものと認められる。この場合には、審査官は、請求項が保護を求める技術案は進歩性の要件を満たしているかどうかを、追加で提出された実験データを考慮してさらに分析する必要があることに留意すべきである」、と述べているだけで、その発明の進歩性について明確な結論を出していない。

改正《審査指南》の上記論述は曖昧であり、以下の幾通りもの理解が可能となるが、立法趣旨の観点から、i)またはii)になる可能性が高いと考える。

i) 化合物AのIC50値が引用文献の化合物よりも大幅に低い事実に基づいて、化合物Aの進歩性を認めるが、一般式化合物(IC50値= 1~100 nM、引用文献の化合物と同等)の進歩性を認めない;

ii) 化合物AのIC50値が引用文献の化合物よりも大幅に低い事実に基づいて、化合物Aと引用文献化合物の構造上の違いは進歩性に寄与する特徴であることを認め、この特徴を備えた一般式化合物全体の進歩性を認める;

iii) 明細書の記載に基づき、この追加実験データによって、「化合物AのIC50値は1〜100 nMの範囲内」にあることが証明されていることだけ認めることができるが、それは引用文献化合物と同等レベルであるので、一般式化合物の進歩性どころか、化合物Aの進歩性すら認めることができない。

結びとして、改正後の《審査指南》は「定性的記載」について明確な緩和傾向を示しており、つまり、「明細書において文字記載しか有しない技術的効果は、明細書に基づいて得られ、実験データを追加で提出することにより証明できるものと認められる」ことを明確にした。一方、「発明例の追加データに基づいて進歩性を主張することができるかどうか」について、全体として緩和傾向にあるものの、緩和の程度はさらに確認する必要がある。

一方、比較例のデータを追加で提出し、本願明細書に記載の発明例のデータと比較することにより、本発明の進歩性を主張することは、従来から認められており、今回の《審査指南》の改訂ではこの審査基準が調整されていない。

なお、改正後の《審査指南》には、以下の2つの疑問点が残されているが、我々の考えは以下のとおりである。

1 医薬品以外の特許出願の場合、発明例の実験データを追加で提出することが可能か

改正《審査指南》3.5.2節の冒頭に記載されている、「本章3.5.1節の審査基準に従い、医薬品特許出願に係わる審査例を挙げる」とは、この節に挙げられた例1および例2の取り扱い方はすべて「3.5.1節の審査基準」に合致することを意味している。3.5.1節は一般的に適用可能な規定であるので、医薬品以外の特許出願についても、3.5.2項の2つの例を参照してそれと同様に扱うことを主張できることが考えられる。

2 サポート要件違反を解消するために実験データを追加で提出することは可能か

改正前の《審査指南》では、「出願日以降に追加で提出された実験データについて、審査官はそれを審査すべきである」となっており、改正後の《審査指南》では、「出願日以降に、特許法第22条第3項、第26条第3項などに関する要件を満たすために追加で提出された実験データについて、審査官はそれを審査すべきである」とされている。

この改正について、「特許法第26条4項の要件(サポート要件)を満たすために追加で提出された実験データは審査されない」という観点もあるが、これは《審査指南》改正の本旨ではないと考える。

追加で提出された実験データに関する規定の調整は、中米貿易協定における中国側の約束を果たすために行われたものである。中米貿易協定では、「中国は、医薬品特許出願人が補足データにより、十分な開示要件及び進歩性要件を含む、特許要件を満たすことを許容するものとする」、と明確に規定されている。特許法と《審査指南》の改正には、この約束の履行を明確に反映する必要があるため、特許法第22条第3項と第26条第3項が特に強調されている。3.5.2節を別個に設けることも、このような理由によるものと考えられる。

上述のように、3.5.2節は、3.5.1節を詳細化したものであり、特別な優遇措置ではない。また、「特許法第22条第3項、第26条第3項などの要件を満たすため」中の「など」という用語からも、それは排他性条項ではないことが分かる。

なお、化学分野の発明について、サポート要件を満たさない理由として、「請求項は明細書の文字記載によってサポートされているが、実施例によって実質的にサポートされていない」と指摘されるのが一般的であるが、改正後の《審査指南》では、実質的に「文字記載がある技術的効果は、明細書に基づいて得られるものと認められ、実験データを追加で提出することにより証明することができる」と認められる。この論理によれば、ほとんどすべてのサポート要件違反の問題は、実験データを追加することで解決できることになる。しかし、実務経験から見れば、これは明らかに非現実的である。これも、サポート要件の問題が改正後の《審査指南》の同項の規定に明示的に盛り込まれない理由の1つであるかも知れない。実験データを追加で提出することにより、請求項がサポート要件を満たしていると主張する場合は、請求項保護範囲の合理性の論理付けを中心に置き、実験データの追加を、審査官の心証を良くするための補助的な位置に置く、といういままでのアプローチに従うほうが最善であると考えられる。実務に置いて、審査部門や審査官によって《審査指南》の規定に対する理解が異なる場合があり、審査意見に反映された審査官の態度を踏まえたうえで総合的対応策を検討することが大切である。

二、化合物発明の新規性、進歩性判断基準

1、新規性判断基準

新規性判断基準の見直しは、基本的には今までの審査慣行を反映したものである。改正後の《審査指南》では、引用文献に開示されている物理化学的パラメータや製造方法に基づき、かかる化合物が新規性を有しないと推定する場合には、単なる断言的な推定ではなく、十分な論理付けが必要となることを明確化した。

これにより、改正前《審査指南》を正確に理解していない少数の審査官の誤った判断基準を是正することが期待できる。

2、進歩性判断基準

進歩性の判断基準については、文言から見て見直し箇所が多いが、具体的な内容から見ると、実質的な変更がなく、改正は、3ステップ法および予期せぬ技術的効果に基づいて化合物発明の進歩性を判断する審査慣行を明確化し、《審査指南》の進歩性判断基準に対する誤った理解を是正するためのものである。

具体的に、《審査指南》第4章には、発明の進歩性判断には、原則的に、3ステップ法により判断すべきである、と規定されている。化合物発明の場合、下記の手順で判断することになる。

i) 本発明化合物と先行技術の最も近い化合物との構造上の相違点を確定する

(2) この構造上の相違点となる構成要素が本発明において実際に解決する技術的課題を確定する

(3) 先行技術には、この技術的課題を解決するために上記構造上の相違点となる構成要素を最も近い化合物に適用するための動機付けがあるかどうかを考察する

また、同章には、本発明化合物が予期せぬ技術的効果を奏している場合、この発明は非自明であり、進歩性を有することを認める、と規定されている。

一方、改正前の《審査指南》第10章には、化合物発明について、「構造類似性」という判断基準が設定されており、具体的に、先行技術に構造が類似する既知の化合物がない場合、本発明の化合物は一定の効果を有すれば進歩性が成立する、一方、先行技術に構造が類似する既知の化合物がある場合、本発明の化合物は予期せぬ技術的効果を有して初めて進歩性が成立する、と規定されている。

《審査指南》第10章は、第4章の規定をさらに詳細化したものであり、「構造が類似する」とは、「構造-活性相関に基づいて同一の効果を達成できる構造」と理解すべきであり、この2つの章の規定は内部的に統一されており、矛盾するものではないと我々は考える。しかし、改正前の《審査指南》の「構造類似性」に関する規定は、環状構造の類否、置換基の個数の違いだけによって「構造類似性」を判断すると誤解されることがあり、ということにより、進歩性の判断において、第4章の規定に基づく場合と、第10章の規定に基づく場合とは異なる結論が導かれることもある。

第一三共VS北京萬生の無効審判を初めとする一連の特許無効審判事件において、特許復審委員会から最高人民法院まで、この問題について詳細に検討され、化合物発明の進歩性も3ステップ法に従って判断すべきであることが明確化された。これが原因かも知れないが、今回の改正では、化合物発明の進歩性判断について、「構造類似性」に関する内容が削除され、それを「先行技術には構造活性相関に関する教示があるかどうか」に基づいて化合物発明の進歩性有無を判断することに修正した。これは、化合物発明の進歩性判断基準を統一化するのに役立つ。

注意すべき点として、今回の改正では、「生物アイソスター」の概念が明確に導入されており、すなわち、本発明の化合物と先行技術の化合物との構造上の相違点が、一般に認識されている「生物アイソスター」程度のものに属する場合、進歩性が成立するためには、予期せぬ技術的効果が必要となる。これはすでに多くの審査官の審査慣行となっているが、明文化されるのが初めてであり、今後「生物アイソスター」に関する審査意見が増えることが予想され、これによって、出願人が比較例に対する追加実験データを提出することが多くなることも予想される。

三、バイオ分野発明の新規性、進歩性判断基準

改正後の《審査指南》において、バイオ分野発明に関する規定は、主に以下の内容を含む。

1) 進歩性について、化合物発明と同様に、3ステップ法を採用することを原則とし、「先行技術には、本発明の技術的課題を解決するためにかかる相違点となる構成要素を最も近い先行技術に適用するための動機付けがあるかどうか」に基づいて判断する。

2) 今までの実務における審査慣行を明確化した。例えば、

i) モノクローナル抗体について、6つのCDRを備えることで限定することを認める。

ii) 既知の抗原に対するモノクローナル抗体について、構造上の特徴および効果に基づいた進歩性を判断することができることを明確化した。

総じていえば、バイオ分野発明に関する規定の改正は、基本的に該分野の急速な技術革新に応じて行われたものであり、「抗原結合性フラグメントは明細書によってサポートされるものか」、「相同性要件で限定された配列は明細書によってサポートされるものか」などの、実際の焦点問題に触れていないため、改正の程度は予想を超えていない。今後数年間も、審査基準には大きな変更がないだろうと予想される。

以上