筆者:倪振華 黄其杰 知的財産権 金杜法律事務所 

中国では、知的財産権分野における懲罰的損害賠償制度は、2013年に改正された「商標法」で初めて登場され、続いて2019年に改正された「不正競争防止法」に導入されている。近年、中国が知的財産権に対する保護の強化に伴い、知的財産権分野における懲罰的損害賠償制度を全面的に確立することは、業界内のコンセンサスとなっている。2020年に制定された「中華人民共和国民法典」は、知的財産権分野における懲罰的損害賠償制度を包括的に規定している。これに対応して、2020年に改正された「著作権法」と「専利法」は、2019年に改正された「商標法」と「不正競争防止法」と一致するように、いずれも1~5倍の懲罰的損害賠償制度が規定され、中国の知的財産権分野の懲罰的損害賠償制度は基本的に確立されている。しかし、「民法典」及び各知的財産権部門法において、懲罰的損害賠償制度の規定は全て概括性のものであり、具体的かつ明確的な適用ガイドラインがなく、文言や内容にも相違があるため、実際に適用する際には難点がある。知的財産権の懲罰的損害賠償制度をより良く実施できるために、最高人民法院の審判委員会は、2021年2月7日に「知的財産権侵害民事事件の審理における懲罰的損害賠償の適用に関する解釈」(以下「解釈」と略称する)を可決し、同解釈は、2021年3月3日より施行される。「解釈」には、知的財産権民事事件における懲罰的損害賠償の適用範囲、請求の内容と時期、故意および情状が深刻であることの認定、計算基準と倍数の確定等を具体的に規定している計7条の規定がある。ここで、ご参照のために、同解釈のポイントとなる規定を以下の通り紹介する。

1. 懲罰的損害賠償の適用条件の明確化、「故意」と「悪意」の関係の明確化

「解釈」第1条第1項は、まず、被告が故意に知的財産権を侵害し、且つ情状が深刻であるとの懲罰的損害賠償の適用条件を明確にした。現行「商標法」(2019年改正)と「不正競争防止法」(2019年改正)には、共に「悪意」との用語が使用されているが、2020年に可決され、2021年1月1日より施行された「民法典」には、「故意」との用語が用いられている。「民法典」における用語と一致するように、その後に改正された「著作権法」(2021年6月1日より施行)および「専利法」(2021年6月1日より施行)にも、「故意」という用語が使用されている。「解釈」第1条第2項において、「故意」には、「商標法」および「不正競争防止法」に規定される「悪意」が含まれることを規定している。この規定は、知的財産権部門法での異なる用語を統一した。「解釈」に関する記者インタビューの際最高人民法院民事第3法廷の責任者の回答によれば、「故意」と「悪意」の意味は一致しているはずであり、一致性のある解釈がなされるべきである。「悪意」が商標、不正競争防止の分野に適用されるものであるに対して、「故意」が他の知的財産権分野に適用されるものであるような誤解を生じるべきではない。「商標法」と「不正競争防止法」を次回に改正する時、曖昧さを避けるために、その表現が民法典と一致するようになると見込まれる。

2. 懲罰的損害賠償の請求の内容と時期の明確化

「解釈」第2条第1項は、懲罰的損害賠償の請求内容と時期を明確にしている。時間の観点から、原告は「提訴時」に請求を行うべきであり、内容の観点から、原告は賠償額、計算方法、根拠となる事実及び理由を明らかにする必要がある。しかし、「解釈」第2条第2項の規定を参照して分かるように、上記の時間に関する規定は、強制的なものではなく、提唱されるものとして理解されるべきである。同条第2項の規定によると、原告は、一審の法廷弁論終結前に懲罰的損害賠償の請求を追加することもできる。原告が二審で新たに懲罰的損害賠償の請求を追加した場合、法院はまず調停を行うべきであり、調停が成立しない場合は、別途訴訟を起こすよう当事者に通知する。 この規定は、訴訟請求の追加または変更に関する現行法の関連規定と実質的に一致している。 中国が「二審終審制」制度を採用している背景において、この規定により、原告が二審で懲罰的損害賠償の訴求を突然提出し、被告の審級の利益を損害し、救済の権利を失うことを防止ことができる。

3.「故意」の認定要件の明確化

「解釈」第3条は、懲罰的損害賠償の第一の構成要素である「故意」の認定に関するものである。第3条第1項では、まず「故意」を認定する時、侵害された知的財産権の種類、権利の状態および関連製品の知名度、被告と原告又は利害関係人との関係などの要素を総合的に考慮しなければならないと簡単に明記している。

第3条第2項には、「故意」が存在するものと初歩的に認定することができる状況がそれぞれ明記されている。第2項第1号は、通知または警告を受けた後も、継続して侵害行為を実施した状況に関するものである。同号は、知的財産権の故意的な侵害を認定する上での通知書、警告書などの作用を認めた。実務において、侵害者は、権利者による警告書や弁護士書簡を無視することが多い。この規定によると、侵害者が係る通知、警告を受けた後も、継続して侵害行為を実施すれば、懲罰的損害賠償が適用される可能性があるため、この規定の設置は、侵害者が権利者による警告書、弁護士書簡の重視をある程度引き起こすことができる。第2項第2号は、被告が、原告またはその利害関係人の法定代表者、管理者、実質上の支配者である状況に関するものである。この場合、被告は、原告またはその利害関係人のうち管理又は支配地位にあることにより、関連する知的財産権の存在を知っているはずであると推測できる。同号は、被告が関連する職務を担当する時間を明確に限定していないが、被告の在任中に係争知的財産権はまだ形成していない場合、被告が「故意」を有すると簡単に認定すべきではないと考える。第2項第3、4号に記載の状況が比較的に類似し、共に被告は、原告または利害関係人との間に労働、労務、業務提携、業務上のやり取り等の関係があることによって、係争知的財産権に接触したことがあることに関している。このような状況において、被告は知的財産権の存在を知っているはずであるため、被告が権利侵害の故意を有すると初歩的に認定することができる。逆に、原告と被告との間の取引関係又は事業提携関係において、被告は侵害された知的財産権に接触したことがなければ、上記結論に至ることはできない。第2項第5号には、著作権を無断でコピーする、又は登録商標を模倣するとの2つの最も直接且つ明確的に著作権、商標権を侵害する行為を、被告が知的財産権を侵害する故意を有する認定要件としている。そのような行為の性質を考慮すると、実施者は権利侵害の故意を有すると推定できる。

無論、以上は、いくつかの典型的な状況のみを例示しているが、第3条第2項の包括的条項を適用して他の状況が故意であるか否かを判断する際、被告が他人の知的財産権を知っているか否か及びその具体的な行為等の要因を考慮した上て、判断する必要がある。たとえば、被告が法院の効力を生じた判決によって権利侵害と判断された後も、その法定代表者、株主又は実際の支配者が別途会社を設立し同様な権利侵害行為を実施した場合、或いは、見た目から新しい権利侵害者と元の権利侵害者との間に株主、法定代表者の同一性や関連性が発見できないものの、会社名、従業員の構成、商標などの他の要素から両者の間に業務提携や実際の支配関係が存在すると推定できる場合、新しい権利侵害者は故意に知的財産権を侵害しているとの判断を下すべきである。ご注意頂きたいことは、同条は、被告の故意への初歩的な認定に関する規定に過ぎず、被告は、相応の反証をもって、知的財産権を侵害する故意がないことを裏付けることができ、法院はそれを考慮する必要がある。

4.「情状が深刻」の認定要件の明確化

「解釈」第4条は、懲罰的損害賠償のもう一つの構成要素である「情状が深刻である」との認定要件に関するものである。第4条第1項では、情状が深刻であるとの認定について、侵害の手段、回数、侵害行為の継続期間、地理的範囲、規模、結果、侵害者の訴訟中の行動等の要素を総合的に考慮しなければならないと規定し、それらは全て、権利侵害行為、侵害者に対して客観的な角度から考える要因であり、侵害者の主観的状態に関わらない。第4条第2項は、例えば侵害者が行政処罰もしくは裁判で責任を負った後に、また同一もしくは類似の侵害行為を起こす場合や、知的財産権の侵害を業とする場合など、「情状が深刻である」と認定できるいくつかの状況が例示されている。

ご注意頂きたいことは、第2項第4号に、保全の裁定の執行を拒否した場合も、情状が深刻であるとして認定される。原告の立場から考えると、将来の訴訟において、原告の方は法院に証拠保全を請求する理由があり、被告が保全の裁定の執行を拒否すると、法院はそれを理由で「情状が深刻である」に該当すると認定することができる。たとえば、(2019)最高法知民終562号の事件において、最高人民法院の知的財産権法廷は、被告が賠償に関する証拠の提供を拒否したことを、情状が深刻であると認定するための要因の1つとして考慮されていた。このような規定は、原告の懲罰的損害賠償の請求にとって非常に有利であることは事実であるが、被告の商業秘密への保護や、立証責任の合理的な分配を考慮し、さらに、保全制度の濫用を防ぐために、法院は将来、侵害と初歩的に判断した場合、損害賠償の証拠に関する保全裁定などをさらに発行することを提案する。これによって、訴訟リソースを効果的に利用できる上、当事者の不必要な証拠提出や証拠抗弁の負担を低減することができる。

5.懲罰的損害賠償の計算方法の明確化

「解釈」第5条、第6条は、それぞれ、懲罰的損害賠償の計算基準と倍数の確定方法に関するものである。基準の確定について、「解釈」第5条は、「関連法に基づき、原告の実際の損失額、被告の違法な所得の額、または侵害により得られた利益をそれぞれ計算基準とするべきである。」と規定している。同項に「関連法に基づき」と規定された主な理由は、現階段、各知的財産権部門法において、損害賠償の計算方法を適用する順位に関する規定が一致していないからである。2019年に改正された「商標法」と「不正競争防止法」では、原告の実際の損失額、被告の違法な所得の額または侵害により得られた利益が順番に適用されるように、従来の規定がそのまま保留されているのに対して、2020年に改正された「著作権法」と「専利法」では、その2つの計算方法が同じ順位に調整された。したがって、懲罰的損害賠償を計算する際には、異なる知的財産権部門法での対応する規定をそれぞれ適用しなければならない。さらに、「解釈」は、懲罰的損害賠償の計算基準には、侵害を阻止するために原告が支払った合理的な費用は含まれず、法律で別段の定めがある場合はその規定に従うと規定している。実際、現行「商標法」と「不正競争防止法」、及び2020年に改正された「著作権法」と「専利法」によっても、懲罰的損害賠償の計算基準には合理的な費用が含まれていない。「法律で別段の定めがある場合」は、「種子法」(2015年改正、2016年1月1日より施行)第73条の規定を指していると考える。この規定によれば、懲罰的損害賠償の計算基準には合理的な費用が含まれている。次の改正において、「種子法」の当該規定も適応的に改正されると見込まれる。

倍数の確定に関して、「解釈」第6条は、被告の主観的過失の程度や侵害情状の深刻性などの要素を総合的に考慮しなければならないと規定している。被告は同じ侵害行為によって既に行政上の過料または刑事上の罰金が課され、かつ執行が完了している場合、被告に過度の負担をかけないように、法院は倍数を確定する際に、それを総合的に考慮することができる。但し、被告が行政責任、刑事責任を負ったこと自体は、懲罰的損害賠償の減額または免除を主張する理由にはならない。

全体から見て、この「解釈」は、懲罰的損害賠償の適用範囲、請求の内容と時期、主観的および客観的な要件、金額の計算方法などを含めて、懲罰的損害賠償制度について全面的且つ明確に規定している。その実行は、懲罰的損害賠償制度の適用に明確な運用ガイドラインを提供し、知的財産権への情状が深刻である侵害行為の抑制と知的財産権への保護の強化に資する。一方、制定時間の違いにより、現在の各知的財産権部門法の間に、対応する制度を調整・統合するためには依然として一定の時間が必要とされることにも気づいた。将来の実務において、如何に損害賠償の填補賠償原則を堅持する上、懲罰的損害賠償の濫用を回避しつつ、棚に置かれる「飾りの規定」にならないようにするかは、司法判例を通じてさらなるガイダンスを提供する必要がある。