著者:邰紅,韋嵥(知的財産省)

 

 

 

法律要点:

  1. 医薬化合物塩形態の公開充分の判断
  2. 医薬化合物塩形態の進歩性の判断

第一部分 係争特許

本件特許は、国際非特許薬品名称「エルトロンボパグ」に関わります。エルトロンボパグは、TPO受容体作動薬として、血小板産生の亢進及び慢性免疫性血小板減少症(異常の血小板数と表れ、ITPと略称される)の治療に用いられます。エルトロンボパグは、GSK社により発明・開発されており、現在、NOVARTIS社が本件特許を含めて全ての権益を取得しました。エルトロンボパグは、2017年12月に中国医薬品監督管理局により許可され、商品名称:Revolade®で発売され、ITPの治療に用いられます。Revolade®は、2019年8月に国家医療保険償還医薬品リスト(NRDL)に入れられました。当該医薬品の2020年の販売金額は世界中で17億USドルを超え、増加幅が20%を超えました。

係争特許は、エルトロンボパグのジ(モノエタノールアミン)塩を保護請求します。明細書には、エルトロンボパグのジ(モノエタノールアミン)塩の水溶性がエルトロンボパグの遊離酸に比べて、14200倍向上して、不可溶のエルトロンボパグ遊離酸をやや水に溶解する塩形態にすることが記載されています。

無効審判請求人は、本件特許が公開充分の要求を満たしていないと主張しました。理由は、以下の通りです。

(1)エルトロンボパグのジ(モノエタノールアミン)塩は、塩、共晶体或いは他の錯体若しくは複合物形態を含める数多くの固体形態を含みます。本件特許では、得られた化合物がどんな形態であるかについて、データにより提供していません。溶解度は具体的な形態に依存するため、当業者は如何なる具体的な形態でも、エルトロンボパグ遊離酸の水溶性向上の技術課題を解決できると確かめません。

(2)エルトロンボパグのジ(モノエタノールアミン)塩は、0.1 M HCl中の溶解度が向上されず、胃液又は血液のpH値に等しい液体環境中のエルトロンボパグ若しくはその塩の溶解度データが提供されていません。

(3)本件特許では、生物学的利用率の向上が記載されていますが、生物学的利用率のデータが記載されていません。

無効審判請求人は、更に本件特許が進歩性を要求を満たしていないと主張します。理由は、以下の通りです。

(1)WO01/89457では、エルトロンボパグの化合物とその薬用塩が記載されています。最も近い従来技術は、エルトロンボパグの薬用塩となるべきであり、本発明が当該従来技術に対する選択発明であり、他の塩に対する予想外の技術効果が要求されるべきです。

(2)無効審判請求人は、提出した30件の従来技術により、塩形成になると、溶解度が向上し、かつモノエタノールアミンは既知の有機アルカリであり、酸性医薬との塩形成に用いられると主張します。エルトロンボパグには2個の酸性基があり、1:2の二塩基塩をなすことができ、本件特許の水溶性向上の効果も当業者が予期できるものと主張します。

第二部分 判決/決定の内容

国家知識産権局は、以下の通り認定します。

1、公開充分について

本件特許の明細書には、エルトロンボパグのジ(モノエタノールアミン)塩の化学名称、構造式及び製造方法が記載されています。化学名称の命名法は、酸-アルカリ塩の一般命名法を満たしています。明細書には更にNMRとIRスペクトルのデータが提供され、更に得られた化合物が塩形態であることを確かめました。実施例5には、エルトロンボパグのジ(モノエタノールアミン)塩が水溶性向上の技術効果を実現したデータが公開されています。

本件特許にとって、当該化合物が塩でないことを立証するための証拠がありません。0.1 M HCl中の溶解度が向上されない問題などについて、水中の溶解度は遊離酸形態に比べて向上があれば、公開充分の要求を満たしています。一般的にいうと、化合物溶解度の向上は生物学的利用率の向上に役立ちます。

よって、本件特許は明細書の公開充分の要求を満たしています。

2、進歩性について

最も近い従来技術について、合議体は、無効審判請求人が指摘した一般式化合物が具体的な化合物を指し示しておりませんし、従来技術では、実施例にエルトロンボパグの遊離酸しか公開されておらず、いかなる具体的な塩形態が公開されませんので、遊離酸が最も近い従来技術として相応しいと判断し、これは本件特許の発明出発点と一致しています。

技術効果について、合議体は、本件特許にはエルトロンボパグのジ(モノエタノールアミン)塩の水溶性は、エルトロンボパグの遊離酸に比べて、14200倍向上したことが明確に記載されています。従来技術には、塩形成により溶解度を向上できる教導がああったにも関わらず、塩形成したが溶解度を向上できず、ひいては溶解度を低下する実例があるため、塩形成は溶解度への影響が予期できないことを表していると判断します。また、大量の従来技術では、有機アルカリと塩形成した場合、溶解度向上の程度がわずか数百倍だけであり、無機アルカリと塩形成した場合でも、溶解度向上の程度が3000倍程度しかできないことが記載されています。よって、本発明では、14200倍の水溶性向上は予想できないと判断されます。

技術的示唆について、合議体は、従来技術では、幾つかの別の具体的な化合物がモノエタノールアミンと塩形成ができることが記載されていますが、これらの化合物はエルトロンボパグの構造といずれも類似していないし、モノエタノールアミンと1:2のジ塩が形成できることが公開されていません。よって、塩形成ができるかどうか、どんな塩が形成できるか、いずれも事前に予期することができません。よって、本発明のエルトロンボパグのジ(モノエタノールアミン)塩は自明ではありません。

上記のように、合議体は係争特許が進歩性を有し、係争特許が全部有効であると維持しました。

第三部分 評述部分

当該決定は、ここ10年間ぐらい国家知識産権局が水溶性向上の技術効果だけにより塩の進歩性を認めた唯一の決定になることについて、注意する必要があります。過去の審査実務では、一般的には塩形成が水溶性を向上すると考えられたので、溶解度向上の技術効果はどんな程度になっても、予想外とは思われません。しかしながら、本件では、塩形成剤であるモノエタノールアミンは、製薬分野では慣用の物質でないし、その水溶性が遊離酸形態よりも14200倍向上するという程度も遥かに従来技術で予期できる程度を超えているため、本件特許の進歩性が証明されます。

本件では、KING & WOODチームは、特許権者と深いコミュニケーションを取り、発明の本質について深く技術研究と検討を重ねて、特許明細書に記載される物質スペクトル、関連データ、従来技術のデータ及び理論検証で充分な準備を致し、かつ無効審判請求人が提出可能な潜在的な反対意見と証拠を予想しました。本件では、無効審判請求人は30個もの証拠を提出して、当該特許が無効審判されるべきことを説明しましたが、KING & WOODチームは引用文献の間の矛盾を分析することにより、当該特殊塩の非自明性を発掘して、特許を有効に維持させました。

本件を有効に維持させたことは、お客様の商業的利益を充分に守り、エルトロンボパグ化合物特許が2021年5月まで満了したため、当該塩特許の登録維持決定により、お客様の当該医薬品での特許権は、2023年まで有効に維持することができるようになりました。