著者:毛璡 (知的財産省)
一、事件紹介
本事件は、深セン市滙頂科技股份有限公司(以下「滙頂公司」と称する)と上海思立微電子科技有限公司(以下「思立微公司」と称する)との指紋認証分野の一連の特許侵害紛争事件の中で、1つの重要な事件である。係争特許は、名称が「指紋認証に基づく端末及びそのスタンバイ状態におけるログイン方法、システム」であり、特許番号がZL201410204545.4である滙頂公司の発明特許である。滙頂公司は、思立微公司のGSL6277チップが該特許権を侵害すると訴えた。
本事件の進展は、滙頂公司の以下の2つの主な行動によるものである。
1、滙頂公司は、思立微公司の組織再編プロジェクトの間に思立微公司に対して多数件の特許侵害訴訟を提起することにより、思立微公司のプロジェクトを阻止する。
滙頂公司は、思立微公司の競合相手として、北京兆易創新科技股份有限公司が思立微公司を買収する(M&A)重大な組織再編プロジェクトの間に、中国証券監督管理委員会(以下「証監会」と称する)が思立微公司の組織再編プロジェクトについて審査認可を行うという時点で、3ヶ月以内に、連続で6件、合計賠償金額が3.63億人民元の特許侵害訴訟を提起した。これにより、思立微公司の組織再編プロジェクトは、証監会により立ち入り審査が実施され、遅延されることになる。金杜チームは、思立微公司の委託を受けて、上述した一連の事件に応訴するとともに、法律意見書を提出し、証監会においてM&Aプロジェクトに対する上記権利侵害事件の影響について答弁を行い、その結果、このプロジェクトが順調に認可される。
2、滙頂公司は、訴訟手続きにおいて、製品の「データマニュアル」を係争特許の請求項と侵害対比を行う対象とすることを主張した。
本事件の特許侵害訴訟において、滙頂公司は、第三者のウェブサイトである「電子工程世界」(http://www.eeworld.com.cn/)からダウンロードした製品の「データマニュアル」を提出し、この「データマニュアル」を係争特許の請求項と侵害対比を行う対象とすることを主張した。これに対して、金杜チームは、厳密な反証のチェーンを作成して、裁判所まで提出した。この反証のチェーンにより、相手が提出した「データマニュアル」という証拠の真実性を反論する。終審裁判所は、「データマニュアル」を侵害対比の基礎とすることが、対比の対象が不当であることに該当し、訴えられた侵害製品が係争特許の請求項の保護範囲に入っているかについて改めて審理しなければならないという第ニ審判決を下した。
二、特許侵害訴訟の第一、二審判決について
第一審裁判所は、以下のように認定した:訴えられた侵害製品には、「Silead」という商標が付され、「GSL6277FC」という文字が表示され、つまり、「GSL6277FC」という型番が印刷されるため、訴えられた侵害製品が思立微公司により製造されるものであると十分に確定できる。滙頂公司が「電子工程世界」のウェブサイトからダウンロードしたGSL6277チップの「データマニュアル」は、技術対比に用いられることが可能である。この上で、訴えられた侵害製品が係争特許の保護範囲に入っていると認定した。
審理を経て第二審裁判所は、以下のように認定した:訴えられた侵害技術案が係争特許の請求項の保護範囲に入っているかを判定する際に、通常、訴えられた侵害製品が示す技術案を係争特許の請求項と対比すべきである。製品の説明書、使用マニュアル、設計図などの他の媒体に記載の技術案を技術対比に用いる場合、対比に用いる対象の真実性及び訴えられた侵害製品の技術案との対応性を確認しなければならない。本事件において、現有の証拠から、「データマニュアル」の真実性を確認するには不十分である。被告も、該「データマニュアル」の真実性を承認することなく、更に、現有の証拠も、該「データマニュアル」が訴えられた侵害製品と対応する「データマニュアル」であることを証明するには十分ではない。訴えられた侵害製品が既に存在している場合、原審裁判所が、原告の当事者から承認を受けていなかった「データマニュアル」に基づいて、直ちに、訴えられた侵害技術案が係争特許の請求項の保護範囲に入っているかを判定することは、対比の対象の不当に該当し、訴えられた侵害製品が係争特許の請求項の保護範囲に入っているかについて改めて審理するとともに、思立微公司が先行技術について抗弁意見を発表する権利を十分に保証しなければならない。その結果、第二審裁判所は、法に従い、第一審判決を廃棄し、本件を原審裁判所に差し戻すよう判決した。
三、本事件についての金杜チームの考え及び事件要点
1、まず、クライアントの組織再編プロジェクトが順調に認可されることに協力する。
本事件において、金杜チームの一番主要な目的は、特許侵害訴訟手続きとは別に、クライアントのM&A及び組織再編プロジェクトの間に、特許侵害事件で証券監督管理機構により立ち入り審査される問題を解決し、クライアントのプロジェクトが認可されることである。
滙頂公司は、証監会が思立微公司の組織再編プロジェクトについて審査認可を行うという時点で、3ヶ月以内に、連続で6件、合計賠償金額が3.63億人民元の特許侵害訴訟を提起したせいで、思立微公司の組織再編プロジェクトは、証監会により立ち入り審査が実施され、遅延されることになる。金杜チームは、思立微公司の委託を受けて、特許侵害事件に応訴すると同時に、特許侵害訴訟手続きとは別に、証監会において、重点的に審査されているM&Aプロジェクトに対する侵害事件の影響について答弁し、このプロジェクトが順調に認可されることに協力した。この一連の事件の対応過程及び結果は、上海市高院が公布した科創板に係る会社の知的財産権の保護を強化する意見を積極的に体現し、科創板に係る企業の知的財産権の合法権益及び公平な競争を有効に保護することに積極的な意味合いがあり、かつ科創板に上場しようとする審査段階の企業の知的財産権に係る紛争に対して解決の教示を与えている。
2、相手の証拠の真実性などを反論するために厳密な反証のチェーンを裁判所に提出することによって、相手の特許侵害対比の肝心な「証拠」を否定する。
本事件において、金杜チームの肝心な対応は、特許侵害訴訟手続きにおいて、当方の主張に有利する厳密な反証のチェーンを重点的に収集、作成、提出し、一歩ずつ審判官の心証を影響、強化する。そのため、相手の証拠の真実性を反論することによって、相手が権利侵害賠償を請求し特許侵害の基礎である「製品のデータマニュアル」という肝心な証拠を否定する目的を達成した。
第一審において、思立微公司は、訴えられた侵害製品が公開に市販されていないし、「データマニュアル」が秘密情報であり、公衆に公開するわけがないため、滙頂公司が提出したデータマニュアルの真実性及び製品との対応性のいずれにも疑いがあることを明確に表した。しかし、第一審裁判所は、思立微公司に承認されず、かつ訴えられた指紋チップと対応性があることを証明するに十分な証拠がないデータマニュアルを、対比の対象として侵害対比を行い、権利侵害に該当するという結論を得た。
事件の要点は、真実性を欠け、訴えられた指紋チップ製品と対応性を有しないため本事件に有効な証拠と採用できない「データマニュアル」を、本事件の証拠から排除するよう裁判官を説得することにある。この面から、金杜チームは、反証のチェーンを積極的に収集、作成した上、裁判所に提出した。
第一審判決で侵害対比に用いられるGSL6277チップのデータマニュアルについて、真実性に疑いがあり、訴えられた指紋チップと対応性を有しないことを証明するために、金杜チームは、第二審において、更に反証を収集、提供した。反証は、1)侵害の対比に用いられる電子工程世界ウェブサイトからのデータマニュアルは滙頂公司がアップロードしたことを証明する証拠、2)訴えられた指紋チップがこのデータマニュアルに記載の技術案と明らかな相違を有し、訴えられた指紋チップの実際のリードがデータマニュアルと明らかな相違を有する鑑定意見、を含む。証拠の出所及び訴えられた侵害製品との一致性の両方からこの出所不明なデータマニュアルを証拠とする有効性を排除した。最後、第二審裁判所が金杜チームの代理意見を認めてくれ、判決書において、このデータマニュアルの真実性に疑いがあることを明確に認定した。かつ、このデータマニュアルを特許技術案と対比する際、対比の対象の真実性及び訴えられた侵害製品の技術案との対応性を確認しなければならないことも認定した。
本事件は、特許侵害事件においてどのように証拠を反論するか、相手の肝心な「証拠」をどのように根本的に排除するかについて教示を与え、侵害対比の対象の確定についてもガイドを与えて、事件審理の正確性を確保する。